環境省の統計によると、日本では年間2万頭以上の犬が保護施設に収容され、そのうち約2,000頭が殺処分されています(2023年度時点)。この中には、猟期が終わった後に山や道路脇に遺棄される猟犬も少なくありません。
「猟犬は狩猟のパートナーではないのか」「なぜ猟期が終わると捨てられるのか」――狩猟に興味を持つ方ほど、この問題に疑問と憤りを感じるのではないでしょうか。
この記事では、猟犬の遺棄問題の現状と5つの原因、関連する法律と罰則、そして保護団体の活動内容を徹底解説します。さらに、これから猟犬を迎えようとしている方に向けて、責任ある飼い方の具体的なポイントもお伝えします。まず遺棄の実態を確認し、次に原因と法律を整理し、最後に「自分が猟犬を飼う場合にどう備えるか」を具体的に解説していきます。
猟犬の遺棄問題とは?現状をデータで読み解く
猟犬の遺棄とは、狩猟に使用していた犬を猟期終了後や犬が役に立たなくなった時点で、山中や路上に放置・遺棄する行為を指します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 飼養していた猟犬を意図的に放棄・遺棄する行為 |
| 発生時期 | 猟期終了後(3月中旬以降)に集中 |
| 発生場所 | 山林、猟場周辺の道路脇、他県の山中など |
| 法的位置づけ | 動物愛護管理法第44条違反(遺棄) |
| 罰則 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
全国の犬の収容・殺処分の推移
環境省が公表する「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」によると、犬の殺処分数は2004年の約15万5,870頭から2023年度には約2,118頭へと大幅に減少しました。しかし、保健所や動物愛護センターに収容される犬の中には、首輪やGPSをつけたまま保護される猟犬が含まれており、遺棄の問題が完全に解消されたわけではありません。
特に千葉県では、都心から近い猟場が多い地理的条件から、鳥猟犬の収容数が全国的にも多い傾向にあります。猟犬保護団体「GUNDOG RESCUE CACI」の報告によると、猟期終了直後の3~4月に保護依頼が集中する傾向があるとされています。
猟犬の遺棄が社会問題化している背景
猟犬の遺棄が注目される背景には、以下のような社会的な変化があります。
- 動物愛護意識の高まり: 2019年の動物愛護管理法改正で罰則が大幅に強化された
- SNSによる可視化: 保護活動家が遺棄の現場を発信し、社会的関心が拡大した
- 野犬問題との関連: 遺棄された猟犬が繁殖し、地域の野犬問題の一因となるケースが報告されている
なぜ猟師は猟犬を捨てるのか?5つの原因
猟犬の遺棄には、単純な「モラルの欠如」だけでは説明できない構造的な原因があります。ここでは5つの主な原因を整理します。
| 原因 | 詳細 | 該当する犬 |
|---|---|---|
| 猟能の低下 | 嗅覚や脚力の衰えで獲物を追えなくなった | 高齢犬(7歳以上) |
| 病気・ケガ | 猟中の事故や感染症で猟犬として使えなくなった | 負傷犬・病犬 |
| 猟期の終了 | オフシーズンの飼育コストを負担したくない | 全年齢 |
| 世代交代 | 若い犬を入れるため古い犬を処分する | 5歳以上 |
| 飼い主の事情 | 高齢化・廃業・転居により飼育継続が困難 | 全年齢 |
猟犬の活躍期間は意外と短い
猟犬として実際に猟場で活躍できる期間は、およそ5年前後、長くても10年に満たないとされています。大型犬が多い猟犬は身体的な負担も大きく、股関節の疾患や靭帯の損傷を抱える個体も珍しくありません。
現場で実際に猟犬と猟をしている猟師の間では、猟犬は「唯一無二のパートナー」であり、家族同然に扱われていることがほとんどです。巻き狩りなどのグループ猟では、猟犬がケガをした場合の治療費をグループ全員で分担する慣習もあります。マタギの伝統的な獲物分配法「マタギ勘定」では、猟犬にも人間1人分と同じ取り分が与えられるほどです。
しかし、こうした信頼関係を築けない一部の猟師が、犬を「使い捨ての道具」として扱っている実態があります。
高齢化する猟師と引退犬の行き場
農林水産省の調査によると、ジビエ食肉処理施設への搬入重量はシカが5,605トン、イノシシが1,467トンにのぼり(令和5年度、e-Stat 統計表ID: 0002119971)、狩猟需要は増加傾向にあります。一方で狩猟者の高齢化は深刻で、60歳以上が過半数を占める地域も少なくありません。
高齢の猟師が引退する際、飼っている猟犬を引き取ってくれる後継者が見つからないケースが増えています。猟犬は一般的なペットとは異なる気質や運動量を持つため、一般家庭への譲渡が難しいことも、行き場のない猟犬が生まれる要因となっています。
猟犬の遺棄に関する法律と罰則
猟犬の遺棄は、動物愛護管理法および関連法令によって明確に禁止されています。
動物愛護管理法による規制
| 行為 | 条文 | 罰則 |
|---|---|---|
| 遺棄(捨てること) | 第44条第3項 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
| 虐待(殺傷) | 第44条第1項 | 5年以下の懲役または500万円以下の罰金 |
| 虐待(ネグレクト) | 第44条第2項 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
| 終生飼養の義務 | 第7条 | 罰則なし(努力義務) |
2019年の法改正で、動物殺傷の罰則が「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」から「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」に引き上げられました。遺棄についても罰則が強化されており、「不要になったから捨てる」という行為は明確な犯罪です。
マイクロチップ装着の義務化(2022年6月施行)
2022年6月1日から、犬猫へのマイクロチップ装着が義務化されました。ブリーダーやペットショップから購入する犬には装着済みのマイクロチップが入っており、飼い主の変更時には情報の登録変更が必要です。
この制度により、保護された犬の身元確認が容易になり、遺棄の抑止効果が期待されています。ただし、猟犬の中には個人間譲渡やブリーダー以外の繁殖で入手される個体もあり、マイクロチップが装着されていないケースも依然として存在します。
各自治体の対応
多くの都道府県では、猟者登録の手続き時に猟犬の適正飼養についての啓発を実施しています。一部の自治体では以下のような取り組みも行われています。
- 猟犬へのマイクロチップ装着補助金の交付
- 狩猟者登録時の飼養頭数の確認
- 猟期終了後の猟犬の飼養状況の追跡調査
猟犬を守る保護団体と活動内容
猟犬の遺棄問題に取り組む保護団体は、全国で活動を広げています。ここでは、代表的な団体とその活動内容を紹介します。
| 団体名 | 活動拠点 | 対象犬種 | 主な活動内容 |
|---|---|---|---|
| GUNDOG RESCUE CACI | 千葉県市川市 | 鳥猟犬(セッター、ポインターなど) | 保護・リハビリ・里親探し |
| SCENTHOUND RESCUE | 岡山県 | 獣猟犬(プロットハウンド、クーンハウンドなど) | 保護・一時預かり・啓発活動 |
| ピースワンコ・ジャパン | 広島県 | 犬全般(猟犬含む) | 殺処分ゼロを目指す保護活動 |
GUNDOG RESCUE CACI の取り組み
2008年から活動する鳥猟犬の専門保護団体です。千葉県を中心に、猟期終了後に保健所に収容される鳥猟犬を保護し、リハビリを行った上で里親につなげています。鳥猟犬は比較的人懐っこい性格の個体が多く、適切なケアを行えば家庭犬としても生活できるケースが多いとされています。
SCENTHOUND RESCUE の取り組み
プロットハウンドやクーンハウンドといった大型の獣猟犬に特化した保護団体です。獣猟犬は体格が大きく、運動量も多いため、一般家庭への譲渡のハードルが高い犬種です。同団体では一時預かりボランティアのネットワークを構築し、犬の性格や適性を見極めた上で里親を募集しています。
保護された猟犬の里親になるという選択
保護された猟犬を家庭に迎えることは、命を救うだけでなく、独自のやりがいがある選択です。ただし、猟犬はペットショップの犬とは異なる特性を持っています。
- 運動量が多い: 毎日1~2時間の散歩や運動が必要
- 獲物への反応: 小動物を見ると追いかける本能が残っていることがある
- 社会化の遅れ: 人間との生活経験が少ない個体は慣れるまで時間がかかる
- 脱走リスク: 広い環境での飼育経験から、脱走への備えが必要
これらを理解した上で受け入れることが、猟犬と新しい飼い主双方の幸せにつながります。
これから猟犬を迎える人が知っておくべき5つのポイント
狩猟を始めるにあたって猟犬の導入を検討している方に向けて、遺棄問題を起こさないための具体的なポイントを整理します。これは猟犬を飼う前に確認すべき「5つの覚悟」です。
ポイント1: 猟犬の一生分のコストを計算する
猟犬を飼うには、猟期中だけでなくオフシーズンも含めた年間コストがかかります。
| 費用項目 | 年間目安 | 備考 |
|---|---|---|
| フード代 | 12万~18万円 | 大型犬の場合 |
| 医療費(予防接種・フィラリア等) | 3万~5万円 | 猟犬は山中でのダニ・寄生虫リスクが高い |
| 狩猟事故時の治療費 | 0~30万円以上 | 骨折や裂傷は高額になることも |
| 犬舎・設備費 | 5万~10万円 | 大型犬用の頑丈な犬舎が必要 |
| GPS首輪・追跡装置 | 3万~8万円 | 紛失防止の必需品 |
| 合計 | 23万~71万円/年 | 15年間で約345万~1,065万円 |
猟犬の平均寿命は10~15年です。犬が猟場で活躍できなくなった後も、5年以上にわたってペットとして飼い続ける覚悟が必要です。
ポイント2: 引退後の計画を事前に立てる
猟犬が引退した後の生活をあらかじめ計画しておくことが重要です。
- 自宅で家庭犬として飼育を続ける
- 猟仲間や知人に引き取りを依頼する
- 保護団体と連携して里親を探す
引退犬の譲渡先を確保するため、日頃から狩猟コミュニティとのつながりを持っておくことが大切です。
ポイント3: マイクロチップとGPSの装着を徹底する
猟中の迷子防止と遺棄の抑止のために、マイクロチップとGPS追跡装置の両方を装着してください。マイクロチップは獣医師で数千円~1万円程度で装着でき、犬の身元証明になります。GPS首輪は猟場での犬の位置をリアルタイムで把握でき、迷子による意図せぬ「遺棄」を防ぎます。
ポイント4: 猟犬の訓練に時間を投資する
猟犬の能力を最大限に発揮させるには、適切な訓練が不可欠です。訓練が不十分な犬は猟場で役に立たず、結果として「使えないから捨てる」という最悪の事態につながりかねません。猟犬の訓練方法を参考に、計画的な訓練プログラムを組みましょう。
ポイント5: 狩猟倫理を学び実践する
猟犬の適正飼養は、狩猟倫理の一部です。狩猟の倫理と動物福祉で解説しているように、狩猟は自然と命に向き合う行為であり、パートナーである猟犬への敬意と責任は不可欠です。
猟友会や狩猟コミュニティでは、猟犬の飼養についての情報交換も活発に行われています。独学で始めるのではなく、経験豊富な先輩猟師から猟犬との付き合い方を学ぶことが、問題を未然に防ぐ最善策です。
猟犬の遺棄問題に関するよくある質問
Q1: 猟犬を捨てたらどのような罰則がありますか?
動物愛護管理法第44条第3項により、犬を遺棄した場合は1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます(2019年改正法に基づく)。遺棄の事実が確認されれば、猟者登録の取消しや銃砲所持許可の審査にも影響する可能性があります。
Q2: 猟犬として飼っていた犬を手放したい場合はどうすればよいですか?
まず地元の猟友会や狩猟コミュニティで引き取り手を探しましょう。見つからない場合は、GUNDOG RESCUE CACIやSCENTHOUND RESCUEなどの猟犬専門保護団体に相談してください。保健所への持ち込みは最後の手段とし、絶対に山中や路上への遺棄は行わないでください。
Q3: 保護された猟犬を引き取ることはできますか?
可能です。猟犬専門の保護団体では、保護犬の性格や健康状態を確認した上で里親募集を行っています。鳥猟犬(セッター、ポインターなど)は比較的家庭犬に向いている個体も多く、適切な環境であれば穏やかなペットとして暮らせます。ただし、十分な運動量の確保と脱走防止策は必須です。
Q4: 猟犬の遺棄を見かけた場合はどこに通報すればよいですか?
動物愛護管理法違反の疑いがある場合は、最寄りの警察署、動物愛護センター、または保健所に通報してください。犬にマイクロチップが装着されていれば、飼い主の特定と法的責任の追及が可能です。遺棄を目撃した場合は、日時・場所・犬の特徴を記録し、可能であれば写真を撮影してください。
Q5: マイクロチップの義務化で猟犬の遺棄は減りましたか?
2022年6月のマイクロチップ義務化以降、保護犬の飼い主特定率は向上しています。しかし、義務化前に生まれた犬や個人間譲渡の犬にはマイクロチップが装着されていないケースもあり、問題が完全に解消されたわけではありません。猟犬を飼う場合は、義務の有無にかかわらずマイクロチップの装着が推奨されます。
Q6: 猟犬の遺棄問題は海外でも起きていますか?
猟犬の遺棄問題は日本に限った話ではありません。スペインやギリシャでは、猟期終了後にガルゴ(スペイン・グレーハウンド)が大量に遺棄される問題が国際的に報じられています。一方、ドイツやフランスでは猟犬の飼養に厳格な登録制度と定期検査が課されており、遺棄の防止に一定の効果を上げています。
まとめ:猟犬を「パートナー」として迎えるために
猟犬の遺棄問題について、以下のポイントを押さえておきましょう。
- 猟犬の遺棄は動物愛護管理法違反であり、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科される
- 遺棄の原因は猟能の低下、ケガ、オフシーズンの飼育費負担、猟師の高齢化など構造的な要因がある
- 2022年のマイクロチップ義務化により飼い主の特定が容易になったが、個人間譲渡の犬には未装着のケースも残る
- GUNDOG RESCUE CACIやSCENTHOUND RESCUEなど、猟犬専門の保護団体が全国で活動している
- これから猟犬を飼う場合は、一生分のコスト計算・引退後の計画・マイクロチップ装着・訓練・狩猟倫理の5点を事前に確認する
猟犬は狩猟における最も頼もしいパートナーです。マタギ勘定で人間と同じ取り分を得るほど、日本の狩猟文化において猟犬は尊重されてきました。この伝統を守り、「共に猟をした犬を最後まで責任を持って飼う」という意識を広げていくことが、狩猟文化の持続可能な発展につながります。
これから猟師を目指す方は、猟犬との関係を含めた「狩猟のリアル」を知った上で、責任ある猟師としての第一歩を踏み出してください。狩猟業界の最新データは狩猟・ジビエ業界の統計まとめで定期更新しています。
参考情報
- 環境省「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」(https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html)
- 農林水産省 野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)(e-Stat 統計表ID: 0002119971)
- 動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)(https://elaws.e-gov.go.jp/)
- GUNDOG RESCUE CACI(JAMMIN紹介記事: https://jammin.co.jp/charity_list/250407-cac-ichikawa/)
- SCENTHOUND RESCUE 公式サイト(https://www.scenthoundrescue0701.com/)
- 厚生労働省「マイクロチップの装着等の義務化に係る狂犬病予防法の特例」(https://www.mhlw.go.jp/stf/rabies.html)

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