最終更新: 2026-09-07
「猟師」と「マタギ」——この二つの言葉を混同している方は少なくありません。どちらも山で動物を追いかけるイメージがありますが、実はその背景や文化は大きく異なります。
猟師は狩猟免許を持ち合法的に野生鳥獣を捕獲する人の総称であるのに対し、マタギとは東北・北海道を中心に受け継がれてきた伝統的な狩猟集団の呼称です。環境省の令和4年度統計によれば、全国の狩猟者登録数は約11万人いますが、「マタギ」と呼ばれる伝統的狩猟者は数十名から数百名程度とされており、今や絶滅危惧種的な存在になっています。
本記事では、猟師とマタギの本質的な違いを、歴史・文化・技術・現代社会との関係という多角的な視点から徹底解説します。
猟師とマタギの定義の違い
まず、それぞれの言葉が持つ本来の意味を整理しましょう。
猟師とは何か
猟師とは、狩猟を行う人の総称です。現代日本では、鳥獣保護管理法に基づく狩猟免許(わな猟・網猟・第一種銃猟・第二種銃猟の4種類)を取得し、狩猟者登録を行って合法的に野生鳥獣を捕獲する人を指します。猟師の活動は現代法制度の範囲内で行われ、専業・兼業・趣味など多様なスタイルがあります。
農業被害の増加を背景に、近年は有害鳥獣駆除に従事する自治体雇用の「捕獲官」や「ガバメントハンター」も増えてきており、猟師の活動の場はますます広がっています。
詳しくは「猟師になるには?完全ロードマップ|免許・費用・収入まで解説」をご参照ください。
マタギとは何か
マタギ(又鬼・股鬼・股木など複数の漢字表記がある)とは、東北地方を中心に山形・秋田・青森・岩手などの山岳地帯で、独自の慣習・信仰・規律に従って集団で狩猟を行ってきた人々の呼称です。
マタギには次のような特徴があります。
- 集団組織「マタギ衆」: 単独行動ではなく、「頭(かしら)」「勢子(せこ)」「追子(おいこ)」など役割が明確な集団組織で動く
- 独自の言語「マタギ言葉(山言葉)」: 山中では通常の言葉を使わず、神仏に関わる独自の言い換え言語を使用する
- 宗教的儀礼: 熊に感謝し霊を慰める「熊送り」「解体儀礼」など、アイヌ文化とも通じる精神世界を持つ
- 厳格な禁忌(タブー): 山に入る前に沐浴・禁忌食・念仏などの作法がある
- 季節性: 主に秋〜春の農閑期に行われ、農業と組み合わせた半農半猟の生活スタイル
語源については諸説ありますが、「また(股)」(山の二股に分かれた地形を意味する)説や、アイヌ語・古代北方民族の言語に由来するという説があります。
マタギの歴史と文化|起源から現代まで
マタギの歴史は古く、その起源をめぐっては縄文時代にまで遡るという説もあります。
マタギの3大本拠地
マタギを語る上で外せない3つの地域があります。秋田県北秋田市の「根子集落」「小又集落」、そして同市の「打当(うっとう)集落」です。
根子集落(秋田県北秋田市)は現存するマタギ集落の中で最も「純度」が高いと言われ、山神(サンカイ様)への信仰が色濃く残っています。かつては数十名の「マタギ衆」が組織的な熊猟を行っていました。
小又集落(秋田県北秋田市)は根子と並ぶ伝統的マタギの里で、「阿仁マタギ」の名称で知られています。阿仁地区全体でマタギ文化が継承されており、独自の山言葉・儀礼・禁忌が今も残ります。
打当集落(秋田県北秋田市)は「くまくま園」(クマ牧場)や「打当温泉マタギの湯」が有名で、観光とマタギ文化を組み合わせた取り組みが進んでいます。「食事処シカリ」では熊肉ラーメンを提供するなど、伝統と現代のニーズを融合させた活動が行われています。
詳しくは「秋田のジビエ料理おすすめ店ガイド|マタギ文化発祥の地」もご参照ください。
マタギの精神世界|山の神と熊の霊
マタギの文化を理解する上で最も重要なのは、その精神世界です。マタギは山を「神の領域」と捉え、狩猟は神から命を「いただく」行為であるという宗教観を持っています。
特に熊は「山の神の使い」または「山の神そのもの」として神聖視されてきました。熊を仕留めた後には必ず「熊送り」(イオマンテに似た儀礼)を行い、熊の霊を山の神のもとへ送り返す儀式を執り行います。この思想はアイヌ民族の「イオマンテ」(熊の霊を神の国へ送る儀式)と深い共通性を持ち、日本列島における北方民族文化の残滓とも考えられています。
解体時にも独自の作法があり、血一滴も無駄にしない「命への敬意」が徹底されています。「山の神様から分けていただいた命を余すところなく活用する」という精神は、現代のジビエ利活用思想にも通じるものがあります。
マタギの衰退と現代への継承
明治以降の近代化・銃猟の普及・農業技術の向上により、農閑期の熊猟に生活を依存する必要が薄れ、マタギの人口は急減しました。昭和期には最盛期の数十分の一以下に減少したとされています。
一方で、2000年代以降はマタギ文化への再評価が進み、秋田県など地元自治体・大学・NPOによる聞き取り調査・映像記録・後継者育成が活発化しています。NHKのドキュメンタリーや映画「マタギ」(1982年)などを通じて一般への認知も広まりました。
また近年では、都市部の若者がマタギの里へ移住し弟子入りするケースも出てきており、伝統文化の担い手が少しずつ増え始めています。
猟師とマタギの違い比較表
猟師とマタギの主要な違いを一覧表で整理します。
| 比較項目 | 現代の猟師 | マタギ |
|---|---|---|
| 定義 | 狩猟免許取得者の総称 | 東北の伝統的狩猟集団の呼称 |
| 法的根拠 | 鳥獣保護管理法・狩猟免許 | 伝統慣習(法的制度外の文化概念) |
| 活動範囲 | 全国(都道府県単位の登録) | 主に東北・北海道の山岳地帯 |
| 組織形態 | 個人〜猟友会への任意加入 | 「マタギ衆」という固定集団組織 |
| 精神的背景 | 個人の動機による(趣味・農業被害対策等) | 山の神への信仰・宗教的儀礼が必須 |
| 使用言語 | 通常の日本語 | 山言葉(マタギ言葉)を使用 |
| 禁忌(タブー) | 一般的な安全・マナー | 厳格な宗教的禁忌(食事・行動) |
| 主要ターゲット | 多様(シカ・イノシシ・鴨・鳥類等) | 主に熊(ツキノワグマ・ヒグマ) |
| 人数(現代) | 約11万人(令和4年度環境省) | 数十〜数百名(担い手が激減) |
| 継承方法 | 誰でも免許取得可能 | 師匠への弟子入りが原則 |
| 季節性 | 猟期(11月〜2月)に集中 | 農閑期(秋〜春)の年中行事 |
マタギと猟師は重複する
重要な点として、「マタギ」と「猟師」は互いに排他的な概念ではありません。現代のマタギも狩猟を行うためには狩猟免許が必要であり、法制度上は「猟師」の一形態です。ただし、マタギは単なる「免許保有者」を超えた文化的・精神的な概念を含む点で区別されます。
「マタギとして認められる」ためには、師匠から認定を受け、山言葉・禁忌・解体作法を習得することが求められます。免許を持っているだけではマタギを名乗ることはできません。
マタギ発祥の地・3大集落比較
| 集落 | 所在地 | 特徴 | 見学・体験 |
|---|---|---|---|
| 根子集落 | 秋田県北秋田市 | 最も伝統が色濃く残る「純度の高い」マタギの里 | 一般向け体験が限定的 |
| 小又集落 | 秋田県北秋田市 | 「阿仁マタギ」の中心、山言葉・儀礼が現存 | 語り部ガイドあり |
| 打当集落 | 秋田県北秋田市 | 観光との融合(くまくま園・打当温泉)が進む | 熊肉料理・温泉 |
現代の狩猟制度とマタギの関係
現代の法制度において、狩猟は鳥獣保護管理法(2014年改正)によって厳格に管理されています。狩猟者登録数の推移を見ると、昭和50年代の約50万人をピークに減少が続き、令和4年度は約11万人まで落ち込んでいます(環境省データ)。
こうした狩猟者の減少を背景に、農業被害対策として自治体が猟師を雇用する「ガバメントハンター」や「捕獲官」の制度が整備されてきました。2025年9月からは「緊急銃猟制度」も施行されており、行政が狩猟に関与する度合いが高まっています。
詳しくは「日本の狩猟者数・免許取得者数の推移グラフ【環境省データ・2024年版】」をご参照ください。
マタギ弟子入りの現実
現代においてマタギに弟子入りする場合、どのような方法があるのでしょうか。
正式なマタギ弟子入りには明確な公式ルートはなく、主に次の方法が考えられます。
1. 地域移住: 阿仁地区などマタギの里に移住し、地域のマタギ師匠に認められる
2. 猟友会への参加: 地元猟友会に入会し、先輩猟師(マタギ)から指導を受ける
3. 大学・研究機関経由: 民俗学・文化人類学の研究フィールドとしてマタギ集落に関わる
4. NPO・地域おこし協力隊: マタギ文化継承を目的とした地域活動に参加する
実際にマタギに弟子入りし「マタギ」として認められた人の数は、現代では非常に限られており、数年以上の修行期間が必要とされます。師匠となるマタギ自体が高齢化・減少しているため、弟子入りの機会自体が少なくなっているのが現状です。
一方で、狩猟免許取得→猟友会参加→先輩猟師に師事という「現代的猟師への道」は広く開かれており、未経験者でも取り組みやすい環境になっています。狩猟免許の取得方法や費用については「猟師の装備完全ガイド|初期費用・必需品・わな猟vs銃猟を徹底比較」も参考にしてください。
マタギ文化が現代に与える影響
一見すると過去の文化に思えるマタギですが、その思想や技術は現代社会にも重要な示唆を与えています。
ジビエ利活用への示唆
マタギの「命をいただく」精神——捕獲した動物を余すところなく活用し、感謝を捧げる思想——は、現代のジビエ利活用運動と深く共鳴しています。
農林水産省の令和5年度データによれば、ジビエの食肉処理量は7,072トンにのぼりますが(e-Stat 統計表ID: 0002119971)、まだ廃棄される捕獲個体も多く残っています。「命をいただいた以上は全て活用する」というマタギの哲学は、持続可能なジビエ産業の倫理的基盤となり得るものです。
生態系管理への知見
マタギは何世代にもわたる観察と経験から、熊の生態・行動パターン・山の変化を深く理解していました。こうした在来知(伝統的生態学的知識:TEK)は、現代の野生動物管理・個体数調査・農業被害対策に活かせる貴重な知見として再評価されています。
山の恵みへの感謝
効率や利便性を追求しがちな現代において、マタギが持つ「自然との共生・共存」の哲学は、持続可能な社会への示唆として多くの人に響きます。山の神への信仰・禁忌・儀礼は、生態系の持続的な利用を自然と保証する文化的仕組みでもありました。
よくある質問
Q1: 「マタギ」は今も存在しますか?
はい、存在します。ただし担い手は大幅に減少しており、秋田県北秋田市の阿仁地区(根子・小又・打当集落)を中心に、数十名程度の「本物のマタギ」が伝統を継承していると言われています。
Q2: マタギになるためには何が必要ですか?
まず狩猟免許(第一種銃猟免許が主流)の取得が必要です。その上でマタギの師匠(通常は代々続くマタギ家系の長老)に弟子入りし、山言葉・禁忌・儀礼・解体作法などを習得することが求められます。師匠からの「認定」がなければマタギを名乗ることはできません。
Q3: 猟師が増えればジビエ問題は解決しますか?
猟師の増加はジビエ生産に貢献しますが、それだけでは不十分です。食肉処理施設の整備・流通・消費拡大・価格形成など、サプライチェーン全体の仕組みが必要です。農林水産省はジビエ利用促進を政策として推進しており、2023年度のジビエ販売額は約54億円(2016年比1.8倍)に成長しています(e-Stat 統計表ID: 0002119974)。
Q4: マタギとアイヌ民族には関係がありますか?
直接の民族的つながりはないとされていますが、文化的には深い共通性があります。熊を神聖視する信仰・解体儀礼・山の禁忌など、両文化に共通する要素が多くみられます。これは北方民族文化が日本列島北部に広く存在していたことの痕跡と考えられています。
Q5: 東北以外にマタギはいますか?
「阿仁マタギ」に代表される東北型のマタギが最も有名ですが、山形県・新潟県・福島県・長野県などの山間部にも類似した伝統的狩猟者のコミュニティが存在します。広義には東北・中部地方山岳部全体にマタギ文化の痕跡が残っています。
Q6: 現代の猟師はマタギになれますか?
技術的・法的には可能ですが、マタギとして認められるためには伝統的な師弟関係の中で文化を継承することが必要です。「マタギ」は単なる技術資格ではなく、文化的アイデンティティを含む称号であるため、一般的な猟師が自称するものではありません。
Q7: マタギに関する書籍・映画はありますか?
書籍では戸川幸夫の小説「マタギ」(1971年)、田中康弘の「マタギ奇談」シリーズなどが有名です。映画では万田邦敏監督の記録映画的作品のほか、根子マタギをモデルにしたドキュメンタリーが複数制作されています。NHKのドキュメンタリー番組でも度々取り上げられています。
まとめ
猟師とマタギの違いを以下の3点にまとめます。
1. 概念の広さ
猟師は「狩猟免許を持ち合法的に野生鳥獣を捕獲する人の総称」であるのに対し、マタギは「東北山岳部の伝統的狩猟集団という文化的概念」です。現代のマタギも法制度上は猟師ですが、マタギは猟師の特殊な一形態です。
2. 文化的背景
猟師は近代の法制度のもとで活動しますが、マタギは数百年以上の歴史を持つ独自の信仰・言語・儀礼・禁忌を継承しています。この精神的・文化的な次元の深さがマタギの本質です。
3. 現代における位置づけ
全国の猟師(約11万人)は有害鳥獣駆除やジビエ産業の担い手として社会的役割を拡大しています。一方でマタギは担い手が激減しており、伝統文化として継承・記録する取り組みが急務となっています。
狩猟文化の多様性を理解することは、日本の自然・農業・地域文化を深く知ることにつながります。猟師を目指す方も、ジビエに興味を持つ方も、ぜひこの二つの概念を理解した上で狩猟・ジビエの世界を探求してみてください。
参考情報
- 環境省 狩猟及び鳥獣保護管理に関する動向(令和4年度)
- 農林水産省 野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)e-Stat 統計表ID: 0002119971・0002119974
- 鳥獣保護管理法(2014年改正)
- 北秋田市 阿仁マタギの記録(北秋田市教育委員会)
- 田中康弘「マタギ奇談」(山と溪谷社)

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