長崎のジビエが注目される理由:日本の「島国ジビエ」の最前線

「長崎といえば長崎ちゃんぽん、カステラ、出島…」と思う方は多いだろう。しかし今、長崎県は日本のジビエ業界において特異な存在感を放っている。
その理由は、長崎県が持つ独自の地理条件にある。長崎県は607島(全国最多)という離島王国だ。特に北部に位置する対馬は、島に閉じ込められた野生鳥獣の問題が極端な形で現れ、日本のジビエ活用の先進地として全国から注目を集めている。
農林水産省の令和5年度データによれば、長崎県のイノシシ捕獲数は31,740頭、シカは14,649頭にのぼる。これは九州の中でも突出した数字だ。全国では令和5年度にイノシシによる農作物被害が約36億円、シカが約70億円と、被害は依然として深刻だ。
一方で、全国の捕獲シカ・イノシシ約124万頭のうち、食肉処理施設で処理された割合はわずか約13%(農水省令和5年度調査)。廃棄される個体が圧倒的に多いという現実の中で、長崎県・特に対馬市は「獣害から獣財へ」という発想転換を実践し、ジビエ活用率を高める取り組みを積み上げてきた。
この記事では、長崎県のジビエ事情を「島ジビエ」という独自のフレームで深掘りする。対馬・五島列島・長崎本土のジビエ事情、地元の事業者、レストラン情報まで網羅的に解説する。
長崎県のジビエ事情:607島が生む独自の野生鳥獣問題

離島特有の獣害問題とは
長崎県の離島が抱える野生鳥獣問題は、本土と根本的に異なる。島では天敵がいないか極端に少ないため、一度イノシシやシカが繁殖すると個体数が爆発的に増加する。島外への自然な移動も不可能なため、捕獲し続けなければ個体数をコントロールできない。
対馬市の場合、イノシシは農業被害だけでなく、森林の下草を食べ尽くし、崖崩れや表土流出を引き起こすほどの環境破壊をもたらしている。「捕っても捕っても増える」という悪循環が、逆説的に大量のジビエ供給基盤を生み出した。
長崎県全体の野生鳥獣捕獲状況
| 鳥獣種 | 令和5年度捕獲数 | 主な被害地域 |
|---|---|---|
| イノシシ | 31,740頭 | 全県(特に対馬・五島) |
| シカ | 14,649頭 | 対馬・壱岐・島原半島 |
| アライグマ(外来種) | 2,270頭 | 長崎市周辺 |
(出典:長崎県「鳥獣対策の基本指針と現状」)
九州全体のジビエ動向
九州・沖縄8県の2020年度ジビエ利用量は232トンで、2016年度と比較して約4割増加している。農業被害対策として駆除するだけでなく、地域資源として食肉に活用する機運が九州全体で高まっており、長崎県の対馬モデルはその牽引役だ。
対馬の「島ジビエ」:日本のジビエ先進地の実態
対馬市の先進的なジビエ活用
対馬市(長崎県対馬市)は、日本のジビエ政策の文脈で頻繁に言及される先進自治体だ。「イノシシ・シカ 美味しいから始まる地域づくり」というスローガンの下、獣害対策と食産業の両立を実現している。
2014年には「対馬猪鹿加工処理施設」が開設され、駆除されたシカ・イノシシの解体処理と食肉製品製造業が本格化。ジビエ精肉・ソーセージ・ベーコンなどを製造し、島内店舗での販売のみならず、ふるさと納税の返礼品としても全国に届けられるようになった。
特筆すべきは、対馬市のジビエが学校給食に採用されている点だ。地域の子どもたちが地元の山の幸を給食で食べることで、食育と地域への誇りを育む取り組みが続いている。
ジビエの学校給食活用については「ジビエ学校給食ガイド」もご参照ください
株式会社対馬またぎ:島ジビエの旗手
対馬には「株式会社対馬またぎ」という、対馬の野生鳥獣を専門に扱う会社が存在する。対馬の山で捕獲されたイノシシやシカを適切に処理し、精肉・加工品として販売している。
専属の獣医師による品質管理体制が整備されており、安全性の担保に力を入れている点が評価されている。シャルキュトリー(フランス式食肉加工品)の製法を取り入れており、ソーセージやベーコンなどの加工品は本格的な仕上がりだ。
対馬のジビエ料理を「ジビエ焼肉」スタイルで提供する店も登場しており、離島観光の目玉コンテンツとして育ちつつある。
一般社団法人daidai:「獣害から獣財へ」
対馬を拠点とするもう一つの重要なプレーヤーが、一般社団法人daidaiだ。キャッチフレーズは「獣害から獣財へ」——野生鳥獣を「害」ではなく「財(たから)」として捉えるアプローチが、この組織の哲学の核心を表している。
daidaiは対馬市内でジビエとレザー(革製品)の販売を手がけている。イノシシ・シカの肉と皮の両方を活用する、まさに「頭から尻尾まで使い切る」持続可能な資源利用を実践している。
対馬のジビエ製品はふるさと納税でも購入可能。岩坂芳秀堂のシャルキュトリー詰め合わせ(ベーコン・ソーセージ・レバーパテ・サラミ等の4種)は人気が高く、対馬産ジビエの品質の高さを証明している。
対馬ジビエを実際に食べるには:現地グルメガイド
対馬は九州本土(博多港)からフェリーで約2時間30分(高速船で1時間10分)の距離にある。独自の生態系と文化を持つ対馬では、イノシシを中心とした島ジビエが観光の目玉になっている。
対馬でジビエを楽しむ主な方法は以下の通りだ。
| スタイル | 特徴 | 目安予算 |
|---|---|---|
| ジビエ焼肉 | 猪肉・鹿肉を炭火で焼く豪快スタイル | 3,000〜6,000円 |
| 島シャルキュトリー | フランス式加工品の盛り合わせ | 1,500〜4,000円 |
| 猪汁・猪鍋 | 地元家庭料理スタイル。島の農家が提供 | 1,500〜3,000円 |
| テイクアウト精肉 | 対馬またぎ等の施設で購入 | 500〜3,000円/100g |
対馬でジビエ料理を提供する店については、対馬市観光物産協会の公式サイトや現地観光案内所で最新情報を入手するのが確実だ。季節や営業状況により変動があるため、事前確認を強く推奨する。
五島列島のジビエ:長崎の「もう一つの島ジビエ」
対馬に次ぐ長崎県のジビエ産地として注目されるのが五島列島だ。五島列島は長崎本土から約100kmに位置する列島で、豊かな自然環境の中でイノシシが繁殖している。
五島列島のイノシシは海に囲まれた島で育っているため、食べる植物・果実が本土と異なる。コメ・サツマイモ・麦などの農作物被害が深刻な一方で、こうした農作物を食べたイノシシは独特の甘みと旨みを持つとされる。
五島列島のジビエはまだ商業化・ブランド化が進んでいる段階ではないが、自治体・NPO・漁協などが連携した取り組みが始まっており、今後の展開が期待される。
長崎市内のジビエレストラン:ちゃんぽんの都でジビエを味わう
長崎市内にもジビエを提供するレストランが存在する。農林水産省のジビエポータルサイト「ジビエト」では、長崎県内のジビエ提供店を検索できる。
長崎市内のジビエ料理は、フレンチ・ビストロスタイルで提供されることが多い。対馬産・五島産の食材を使い、長崎の食文化(南蛮・中国・日本の融合)とジビエを組み合わせたクリエイティブな料理を出す店もある。
長崎の食文化の多様性はジビエとの相性が良い。出島貿易で育った「コンプラドール文化」(異国の食を積極的に取り込む精神)は、ジビエというジャンルにも自然に開かれている。
以下に、長崎市内および県内でジビエを楽しむ際の参考指針を示す。
| エリア | ジビエの特徴 | 探し方 |
|---|---|---|
| 長崎市内 | フレンチ・ビストロ系が多い。県外産との混在あり | ジビエトで「長崎」検索 |
| 対馬 | 島産イノシシ・シカが中心。観光と組み合わせ | 対馬市観光物産協会 |
| 五島列島 | 小規模・地元密着型。事前予約推奨 | 五島市観光協会 |
| 島原・雲仙 | 雲仙普賢岳麓の山間部ジビエ。温泉との組み合わせ可 | 島原観光協会 |
対馬のジビエを取り寄せる:通販・ふるさと納税
長崎県のジビエ、特に対馬産は全国から取り寄せが可能だ。
ふるさと納税(対馬市)
対馬市のふるさと納税返礼品として、岩坂芳秀堂のシャルキュトリー詰め合わせが人気だ。島内の猪・鹿を使ったベーコン・ソーセージ・レバーパテ・サラミの4種が詰め合わせになっており、ワインとのペアリングに最適。対馬支援と美食体験を同時に実現できる。
株式会社対馬またぎ
公式サイト(tsushimamatagi.com)から直接購入も可能。精肉の冷凍便で取り寄せられるほか、各種加工品も揃う。獣医師管理の工場で安全に製造されている点が安心材料だ。
ジビエの通販おすすめ選びについては「ジビエ通販おすすめガイド」もご参照ください
長崎ジビエの調理法と下処理のコツ
対馬産イノシシの調理
対馬のイノシシは農作物(米・サツマイモ)を食べているため、脂に甘みがあるのが特徴だ。脂の融点が低く、常温でもとろりとする良質な脂が身上だ。
おすすめの調理法は次の通りだ。
| 部位 | おすすめ料理 | ポイント |
|---|---|---|
| 肩ロース | スペアリブ・角煮 | 骨付きのまま低温でじっくり火入れ |
| バラ | 煮込み・カレー | コラーゲンが溶け出し、深いコクが生まれる |
| もも | ロースト・ソテー | 赤身の旨みを活かしたシンプルな火入れ |
| ミンチ | ソーセージ・ハンバーグ | 豚ひき肉と混合すると扱いやすい |
対馬産シカの調理
対馬のシカは草木を食べて育つが、島という限られた環境の中で食べるものが均一化しているため、クセが少なく食べやすい個体が多い。赤身の旨みが際立ち、火入れさえ適切なら非常に美味しく仕上がる。
ジビエの臭み取りと下処理については「ジビエ臭み取り完全ガイド」もご参照ください
長崎ジビエを支える人々:猟師と処理施設の実情
対馬の猟師事情
対馬では、農業従事者が自ら免許を取得して有害鳥獣を駆除するケースが多い。専業猟師というより、農家が「仕方なく」猟師を兼ねるスタイルが主流だ。
一方で近年、対馬のジビエ文化に魅力を感じてUIターンしてくる若者も増えている。「獣害から獣財へ」というdaidaiのスローガンが象徴するように、ジビエをビジネスとして捉える視点が新しい世代の猟師を呼び込んでいる。
猟師の年収と収入実態については「猟師の年収リアルガイド」もご参照ください
ジビエまちおこしのロールモデルとしての対馬
対馬市のジビエ活用は、農水省が全国に推進する「ジビエ活用のモデル地区」としても評価されている。獣害対策と地域経済の振興を両立させる対馬モデルは、他の離島・山間部自治体が参考にするケーススタディとして全国的に注目されている。
ジビエによる地域おこし事例については「ジビエまちおこし最前線」もご参照ください
よくある質問(FAQ)
Q1. 長崎でジビエ料理を食べるならどこがいいですか?
最もジビエ体験が充実しているのは対馬だ。島を丸ごと体感しながらジビエを食べる経験は、長崎本土では得られない。旅行の日程があれば対馬への1〜2泊の旅程を組むことを強く勧める。長崎市内でジビエを食べたい場合は、農水省「ジビエト」サイトで「長崎」を検索すると提供店情報が得られる。
Q2. 対馬のジビエは本土でも買えますか?
対馬市のふるさと納税(岩坂芳秀堂・対馬またぎ等)でシャルキュトリーや精肉を取り寄せ可能。一部はオンライン直販もある。長崎空港の土産店でも対馬産の加工品が手に入る場合がある。
Q3. 長崎のジビエはおいしいですか?
対馬のイノシシは農作物(米・イモ)を食べているため、脂が甘く独特の美味しさがある。五島のイノシシも島の恵みを食べて育ち、良質な肉質で知られる。適切に処理されたものは臭みがなく、豚肉よりも深い旨みがあると感じる人が多い。
Q4. 長崎でジビエを食べる際に予約は必要ですか?
対馬や五島のジビエ料理は、個人経営の小規模店が多く、事前予約が必須の場合が多い。特に離島では食材の調達状況により、当日提供できない場合もある。必ず訪問前に電話または公式サイトで予約・確認を。
Q5. 対馬に行くにはどのくらいかかりますか?
博多港からは、高速船(ジェットフォイル)で約1時間10分、フェリーで約2時間30分。長崎空港からは長崎航空が対馬空港への定期便を運航している(約40分)。週末を含めた1泊2日〜2泊3日が対馬ジビエ観光の標準的な日程だ。
Q6. 長崎のイノシシとシカの捕獲数は日本の中でも多いほうですか?
令和5年度の長崎県のイノシシ捕獲数31,740頭・シカ14,649頭は、九州の中でも上位の水準だ。特に対馬・壱岐・五島という離島での捕獲圧が高く、本土と島嶼部を合わせると全国的にも高い捕獲水準となっている(農水省令和5年度データ)。
Q7. 長崎のジビエ産業はこれからどうなりますか?
対馬の先進事例が県内他地域・九州全体に波及しつつある。農水省のジビエ普及推進への国家予算投入(鳥獣害対策関連予算は年間約99億円規模)もあり、流通・衛生インフラの整備が進んでいる。2026年以降、長崎県産ジビエのブランド価値はさらに高まると予測される。
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まとめ:607島の長崎が生む「島ジビエ」の可能性
長崎県のジビエは、離島という特異な地理条件が生んだ、日本のジビエ文化の中でも際立った個性を持つ存在だ。
対馬市の「獣害から獣財へ」という発想転換、株式会社対馬またぎとdaidaiの挑戦、対馬産ジビエの学校給食活用——これらはすべて、獣害に悩む地域が食産業の可能性を見出した前向きな物語だ。
長崎を訪れる機会があれば、ちゃんぽん・カステラと並んで、対馬産イノシシのシャルキュトリーや島ジビエ焼肉を体験してみてほしい。それは単なるグルメ体験を超えた、日本の里山・島嶼文化との出会いでもある。
ジビエに関するより詳しい知識は「ジビエとは何か?完全入門ガイド」でも学べる。ジビエを食べるだけでなく、その背景にある文化・産業・生態系を知ることで、一皿の奥深さがさらに増すはずだ。
参考情報
- 農林水産省「全国の野生鳥獣による農作物被害状況(令和5年度)」2024年12月27日公表(全国イノシシ36億円・シカ70億円)
- 長崎県「鳥獣対策の基本指針と現状」(令和5年度捕獲数:イノシシ31,740頭・シカ14,649頭)
- 長崎県対馬市「有害鳥獣対策」(公式サイト)
- 長崎県対馬市「~イノシシ・シカ 美味しいから始まる地域づくり~」(公式サイト)
- 株式会社対馬またぎ「ジビエとは」(tsushimamatagi.com)
- 一般社団法人daidai「獣害から獣財へ」(daidai.or.jp)
- 農林水産省「野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)」(e-Stat統計表ID: 0001879290)
- 農林水産省「ジビエポータルサイト ジビエト」(長崎県店舗情報)
- 日本経済新聞「九州ジビエ、味わい多彩 イノシシ・アナグマ・カモ…長崎県」

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