最終更新: 2026-05-26
環境省の統計によると、日本の狩猟免許所持者は1975年の約51.8万人から約21万人へと大幅に減少している。一方で「マタギ」という言葉への関心は漫画や映画をきっかけに高まり、秋田県の阿仁地域には毎年若者が移住してマタギの道を志すケースも出てきた。
「猟師とマタギは同じものでは?」「マタギになるには猟師とは別のルートがあるの?」と疑問に思う方は多い。実際、両者は「山で獣を獲る」という点では共通しているが、歴史的背景や精神性、組織の仕組みにおいて明確な違いがある。
この記事では、猟師とマタギの違いを「定義」「歴史」「猟法」「精神性」「なり方」の5つの視点から比較し、現代におけるマタギ文化の位置づけまで解説する。狩猟に興味がある方が「自分はどちらの道を目指すべきか」を判断できる内容となっている。
猟師とマタギの基本的な違い
まず「猟師」と「マタギ」の定義を整理しよう。日常会話では同じ意味で使われることも多いが、歴史的・文化的な文脈では明確に区別される。
猟師(りょうし)とは、狩猟免許を取得して野生鳥獣を捕獲する人の総称だ。銃猟・わな猟・網猟のいずれかの免許を持ち、都道府県に狩猟者登録をすれば、猟期中に合法的に狩猟ができる。職業猟師もいれば、週末だけ猟をする兼業猟師もいる。
一方、マタギとは東北地方を中心とした山間部で、集団による伝統的な猟法を用いて狩猟を行う者を指す。単に「獣を獲る人」ではなく、独自の宗教観・言葉・掟を持つ文化的集団としての側面が強い。
| 比較項目 | 猟師(ハンター) | マタギ |
|---|---|---|
| 定義 | 狩猟免許を持ち狩猟を行う人の総称 | 東北地方の伝統的猟法を継承する集団 |
| 活動地域 | 全国 | 主に東北・北海道・甲信越の山岳地帯 |
| 主な獲物 | シカ・イノシシ・カモなど多様 | 伝統的にはクマが主対象 |
| 猟の形態 | 個人または任意のグループ | 厳格な役割分担のある集団猟 |
| 精神的背景 | 法令に基づく行為 | 山の神への信仰を核とした世界観 |
| なり方 | 狩猟免許取得+猟友会入会 | ベテランマタギへの弟子入りが必要 |
このように、猟師はあくまで法律上の資格に基づく呼称であり、マタギは文化的・歴史的な文脈を持つ集団名称だ。マタギもまた法的には「猟師」の一種だが、すべての猟師がマタギではない。
マタギの歴史と起源 ── 平安時代から続く山の民
マタギの歴史は平安時代にまで遡るとされる。その起源には諸説あるが、最もよく知られるのが「万事万三郎(まんじまんざぶろう)伝説」だ。
清和天皇の時代(850~881年)に、日光権現が困難に直面した際、弓の達人である万事万三郎が助けた功績により「日本全国どこの山でも獣を獲ってよい」という「山立御免(やまだちごめん)」の免状を授かったという伝承がある。この免状を持つ者たちがマタギの祖先とされ、秋田県の阿仁地域が「マタギの里」として知られるようになった。
古くはマタギは「山立(やまだち)」とも呼ばれ、山中での長期滞在を伴う大規模な猟を行っていた。春にはクマの穴持ち猟、秋から冬にかけては巻き狩りが主な猟法だった。
マタギの歴史年表
| 時代 | マタギに関する出来事 |
|---|---|
| 平安時代 | マタギの起源とされる時代。万事万三郎伝説 |
| 鎌倉~室町 | 東北各地にマタギ集団が形成。阿仁マタギが確立 |
| 江戸時代 | 「旅マタギ」として全国の山を渡り歩く者も出現 |
| 明治時代 | 銃砲規制の変化により猟法が近代化 |
| 昭和30年代 | カモシカ禁猟化。マタギの伝統的狩猟に制限 |
| 平成以降 | 高齢化で急減。文化保存・観光資源としての再評価 |
| 令和 | 若者の移住によるマタギ文化の継承が注目される |
一方、猟師(ハンター)という呼称は近代の狩猟制度とともに広がった。1873年(明治6年)の「鳥獣猟規則」制定を皮切りに、許可制度に基づく猟の仕組みが整備され、「免許を持って猟をする人=猟師」という現代的な概念が確立された。日本の狩猟の歴史を振り返ると、マタギは制度以前から存在した山の民であり、猟師は制度のなかで生まれた概念だと位置づけられる。
猟法の違い ── 巻き狩りとマタギ言葉
猟師とマタギの違いは、猟のやり方にも色濃く表れる。
一般的な猟師の猟法
現代の猟師が用いる代表的な猟法は以下のとおりだ。
| 猟法 | 概要 | 使用する免許 |
|---|---|---|
| 忍び猟 | 一人で山に入り獲物に近づく | 第一種・第二種銃猟 |
| 巻き狩り | グループで獲物を追い立てる | 第一種銃猟 |
| くくり罠 | ワイヤーで足を捕らえる | わな猟 |
| 箱罠 | 餌で誘引し箱に閉じ込める | わな猟 |
| 網猟 | カモなどを網で捕獲 | 網猟 |
猟法の選択は個人の好みや地域の事情に左右される。最近では有害鳥獣駆除の文脈で、わな猟の需要が急増している。
マタギ独自の猟法
マタギの猟は「勢子(せこ)」と「射手(しゃしゅ)」による厳密な役割分担が特徴だ。巻き狩りの手法を基本としつつ、マタギならではの要素が加わる。
勢子が山を駆け回って獲物を追い立て、あらかじめ獲物の逃走経路に配置された射手(マタギでは「ブッパ」と呼ぶ)が仕留める。この連携は長年の経験と信頼関係がなければ成り立たない。
特筆すべきは「マタギ言葉」の存在だ。山中では仲間だけに通じる独自の言語体系を使う。たとえばクマを「イタズ」、ウサギを「オサキ」と呼ぶ。これは山の神に対する畏敬の念から、獲物の名前を直接口にすることを避ける習慣に由来する。
| マタギ言葉 | 意味 | 由来・背景 |
|---|---|---|
| イタズ | クマ | 山の神への配慮から直接名を呼ばない |
| オサキ | ウサギ | 同上 |
| ブッパ | 射手(撃ち手) | 役割を示す専門用語 |
| セコ | 勢子(追い立て役) | 巻き狩りの基本役割 |
| サシマタ | 止め刺し用の槍 | 古来の猟具の呼称 |
このように、マタギの猟は単なる技術ではなく、言語・役割・信仰が一体となった文化体系として営まれている。
精神性と信仰 ── 「授かりもの」という世界観
猟師とマタギの最も本質的な違いは、精神性にある。
「獲る」と「授かる」の違い
現代の猟師の多くは、狩猟を趣味やスポーツ、あるいは有害鳥獣対策の仕事として捉えている。獲物は自らの技術と努力で「獲る」ものだ。獲れなかった日は「腕が足りなかった」「状況が悪かった」と振り返る。
マタギの考え方は根本的に異なる。獲物は山の神が「授けてくれる」ものであり、獲れなかった日には「今日はこれが一番良いと山の神様が教えてくれている」と受け止める。この精神的態度こそが、マタギとハンターを分ける最大の境界線だと言える。
マタギが山に入る前には、山の神に安全と獲物を祈る儀式を行う。獲物が獲れたときには感謝の祈りを捧げ、肉を分配する際にも決められた作法に従う。クマの胆(い)は最も価値ある部位とされ、分配には厳格なルールがある。
命をいただく倫理観
マタギ文化を語るうえで欠かせないのが、命に対する倫理観だ。「殺す」のではなく「命をいただく」という感覚は、日本古来の山岳信仰と神道の「八百万の神」の考え方に通じる。
狩猟の倫理と動物福祉は現代でも議論されるテーマだが、マタギの世界観はその議論に対するひとつの回答を示している。自然は征服する対象ではなく、共生する相手だという立場だ。
農林水産省の野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)によると、ジビエの食肉販売金額は約44億円に達しており、「命をいただく」行為はビジネスとしても成長している(出典: e-Stat 統計表ID: 0002119974)。マタギの精神性は、こうした産業化の流れのなかで、獲物への敬意を忘れないための指針として再評価されている。
現代のマタギ ── 担い手不足と文化継承の最前線
数字で見るマタギの現状
マタギの本場である秋田県阿仁地域では、かつて40人以上いたマタギが現在は5~6人にまで減少している。最年少でも60代後半という深刻な高齢化が進んでおり、大阿仁地区全体の高齢化率は約60%に達する。
猟師の高齢化問題は全国的な課題だが、マタギの場合は「技術と文化の断絶」という二重の危機を抱えている。一般の猟師は免許を取れば始められるが、マタギの猟法や精神性は師匠から弟子へ、長い時間をかけて受け継がれるものだ。一度途絶えれば復活は極めて困難になる。
若いマタギの挑戦
一方で、明るい兆しもある。東洋経済の報道(2025年)によると、31歳の若者が4回の転職を経て秋田に移住し、マタギの修行を始めたケースが話題になった。阿仁地域のゲストハウス「ORIYAMAKE」では、マタギ文化の体験プログラムを提供し、全国から関心を持つ人々を受け入れている。
現代のマタギ継承は、次のような形で進んでいる。
| 取り組み | 内容 | 主体 |
|---|---|---|
| マタギ体験ツアー | 巻き狩りの見学・山菜採取 | 地元観光協会 |
| ゲストハウス滞在型修行 | 数週間~数ヶ月の住み込み | ORIYAMAKE等 |
| マタギ資料館 | 猟具・文化・歴史の展示 | 北秋田市 |
| 漫画・映画による発信 | 「マタギ」を題材にした作品 | 出版社・映画制作会社 |
| マタギ文化情報メディア | オンラインでの情報発信 | 個人・団体 |
猟師になるか、マタギの道を志すか ── タイプ別ガイド
ここまでの内容を踏まえ、「自分はどちらの道が向いているか」を考える際の判断基準を整理する。
| あなたのタイプ | おすすめの道 | 理由 |
|---|---|---|
| 都市部在住で週末に猟をしたい | 猟師(ハンター) | 全国で活動可能。兼業で始められる |
| 有害鳥獣対策に貢献したい | 猟師(ハンター) | わな猟免許で自治体の駆除事業に参加可能 |
| 東北への移住を考えている | マタギの道も選択肢 | 地域おこし協力隊と連携した受入れ制度がある |
| 伝統文化の継承に関心がある | マタギの道 | 猟法だけでなく信仰・言語・作法の継承が求められる |
| まずは狩猟を体験してみたい | まずは猟師から | 免許取得が第一歩。[猟師になるための手順](https://kariudo.jp/hunting/how-to-become-hunter/)を参考に |
どちらの道を選ぶにせよ、まずは狩猟免許の取得が必要だ。マタギの修行を志す場合でも、法律上は狩猟免許なしに猟はできない。第一種銃猟免許の取得からスタートし、その後にマタギの師匠を見つけて弟子入りするのが現実的なルートとなる。
なお、狩猟・ジビエ業界の統計データについては業界データまとめページで定期的に更新しているので、あわせて参照してほしい。
猟師とマタギに関するよくある質問
Q1: マタギと猟師は法律上の区別はあるのか?
法律上の区別はない。マタギも法的には「狩猟免許を持つ猟師」の一人だ。鳥獣保護管理法では猟法による免許の区分(第一種銃猟・第二種銃猟・わな猟・網猟)はあるが、「マタギ」という特別な資格カテゴリーは存在しない。違いはあくまで文化的・歴史的なものだ。
Q2: 今からマタギになることはできるのか?
可能だが、容易ではない。まず狩猟免許(第一種銃猟が望ましい)を取得し、その後に秋田県阿仁地域などマタギ文化が残る地域に移住して、現役マタギに師事する必要がある。阿仁地域では地域おこし協力隊の制度を活用した受入れ実績がある。ただし「免許を取ったらすぐマタギ」とはならず、数年の修行期間が必要だ。
Q3: マタギは熊しか獲らないのか?
伝統的にはクマ猟が中心だが、ウサギ・カモシカ(現在は禁猟)・ニホンザル・ウサギ・カモなども対象としてきた。現代のマタギは有害鳥獣駆除としてシカやイノシシの捕獲にも携わることがある。なお、カモシカは1955年に特別天然記念物に指定されて以降、捕獲が禁止されている。
Q4: マタギ言葉は現在も使われているのか?
現役のマタギのあいだでは今も山中で使われている。ただし、マタギの高齢化と減少に伴い、日常的に使う機会は減少している。阿仁地域のマタギ資料館や文化体験プログラムでは、マタギ言葉の一部が紹介されており、文化保存の取り組みが進んでいる。
Q5: 猟師からマタギに「転向」することはあるのか?
一般の猟師がマタギの道に入るケースはある。東洋経済が報じた31歳の男性のように、都市部で猟師として活動した経験を持つ人が、より深い狩猟文化を求めて阿仁に移住する例が近年増えている。ただし、マタギは単なる猟の技術だけでなく、山の神への信仰や集団としての掟を受け入れる必要がある。
Q6: マタギ文化を体験する方法はあるか?
秋田県北秋田市の「森吉山マタギ文化体験」や、阿仁地域のゲストハウス「ORIYAMAKE」が体験プログラムを提供している。巻き狩りの見学、山菜採取、マタギ料理の試食などが含まれ、1泊2日から参加可能だ。マタギ資料館では猟具や歴史資料を見学できる。
まとめ:猟師とマタギの違いを理解して自分の道を選ぼう
猟師とマタギの違いを5つの視点からまとめると、以下のポイントに集約される。
- 猟師は狩猟免許に基づく法的な呼称、マタギは東北の伝統的狩猟文化を継承する集団
- マタギの歴史は平安時代に遡り、独自の言語・信仰・掟を持つ
- 猟法では「巻き狩りの厳密な役割分担」と「マタギ言葉」が大きな特徴
- 精神性の核は「獲る」ではなく「山の神から授かる」という世界観
- 現代のマタギは深刻な担い手不足にあるが、若者の移住による継承も始まっている
狩猟に関心がある方は、まず猟師になるための基本ステップを確認しよう。そのうえで、マタギ文化にも興味があれば、体験ツアーへの参加や阿仁地域への訪問を検討してみてほしい。どちらの道を選んでも、山と向き合い、命をいただくことへの敬意が求められる。
参考情報
- 環境省「鳥獣保護管理に関する統計」(環境省公式サイト)
- 農林水産省「野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)」(e-Stat 統計表ID: 0002119974)
- 秋田県北秋田市「阿仁マタギの里」(北秋田市公式サイト)
- 森吉山麓ゲストハウスORIYAMAKE「マタギの文化を知る」(https://oriyamake.com/matagi/)
- 大日本猟友会「狩猟者数の推移」(http://j-hunters.com/info/suii.php)

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