ジビエの6次産業化とは?猟師が「収入源」にする仕組みと成功事例を完全解説

農林水産省の統計によると、2023年度(令和5年度)のジビエ利用量は146.6万kg、販売額は約54億円に達し、2016年比で8割以上増加しました(e-Stat 0002119974)。ジビエ市場は7年間で1.8倍以上に成長していますが、猟師の多くは「獲っても収入につながらない」という課題を抱えています。捕獲した野生鳥獣の大部分は廃棄されており、ジビエとして流通しているのは捕獲量全体のわずか数パーセントにすぎません。
この問題を解決する鍵が「6次産業化」です。1次産業(捕獲)、2次産業(加工)、3次産業(販売・飲食)を猟師自らが担うことで、付加価値を最大化し安定した収入を得る仕組みです。本記事では、ジビエの6次産業化の基本概念から、農水省の支援制度、全国の成功事例まで、猟師・ジビエ業界への就職・転職を考える方に向けて徹底解説します。
ジビエの6次産業化とは何か|基本概念を理解する
6次産業化とは、農林漁業者(1次産業)が農水産物の生産(1次)・加工(2次)・販売や飲食提供(3次)を一体的に経営することで、1×2×3=6の付加価値を生み出す取り組みです。農林水産省が推進する農業政策の核心でもあり、2011年には「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」(6次産業化・地産地消法)が施行されました。
狩猟(捕獲)はまさに1次産業にあたります。野生鳥獣を1次産業である捕獲だけで終わらせず、加工・販売まで手がければ、販売額の大部分を猟師自らが受け取ることができます。
ジビエ産業の現状|なぜ収入化できないのか
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| ジビエ利用量(令和5年度) | 146.6万kg | 農水省e-Stat |
| ジビエ販売額(令和5年度) | 約54億円 | 農水省e-Stat |
| 前年比(販売額) | 約103% | 農水省e-Stat |
| 全国捕獲数(シカ) | 約70万頭/年 | 環境省 |
| ジビエ搬入量のうちシカ割合 | 79.3% | e-Stat 0002119971 |
| ジビエ搬入量のうちイノシシ割合 | 20.7% | e-Stat 0002119971 |
捕獲された野生鳥獣のほとんどは食肉処理施設に搬入されず、現地で廃棄または埋設されています。理由は主に3つです。
1. 食肉処理施設が少ない・遠い
山間部では食肉処理施設(解体施設)が整備されておらず、車で1〜2時間かけて搬入しなければならないことがあります。輸送コストや時間を考えると経済的合理性が低くなります。
2. 流通ルートが確立されていない
ジビエの流通は食肉業者・飲食店・直販と多様ですが、個人猟師が単独でルートを開拓するのは困難です。食品衛生法の規制もあり、自ら販売するには許可取得が必要です。
3. 品質管理が難しい
ジビエの品質は止め刺し後の冷却速度と衛生管理に大きく依存します。農水省の「野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン」では、と体の冷却開始時間と内臓摘出の迅速性が明記されており、個人では品質管理体制の構築が課題です。
ジビエ6次産業化の3つの形態
ジビエの6次産業化には、取り組む範囲によって大きく3つのモデルがあります。猟師個人のスキルや資本力に応じて選択することができます。
モデル1|捕獲×加工(1次+2次)
食肉処理施設を自ら設けるか、共同出資で整備し、と体を加工品(ブロック肉・スライス・ソーセージ・ジャーキー・カレー等)として出荷するモデルです。販売先はスーパー・飲食店・ECなど多様です。
初期投資は食肉処理施設整備費150〜800万円程度(規模による)。農水省「鳥獣被害防止総合対策交付金」等の補助金を活用することで自己負担を大幅に軽減できます。
モデル2|捕獲×販売(1次+3次)
加工を外部の食肉処理施設に委託し、猟師自身は捕獲と販売(ECサイト・農産物直売所・マルシェ出店等)に集中するモデルです。設備投資が少なく、個人猟師が最初に取り組みやすい形態です。
「国産ジビエ認証制度」(農水省2018年創設)を取得した施設と連携することで、商品の信頼性を高めることができます。
モデル3|捕獲×加工×販売(完全6次産業化)
捕獲から加工、直営レストランやオンラインショップまで一貫して手がける完全6次産業化モデルです。付加価値が最も高く、ブランド構築も可能ですが、初期投資と運営負担も最大です。成功している事例はいずれも複数の猟師・スタッフが協力して運営しています。
6次産業化3モデルの比較表
| モデル | 関与範囲 | 初期投資 | 収益性 | 難易度 | 適した規模 |
|---|---|---|---|---|---|
| 捕獲×加工(1+2次) | 生産〜加工 | 中〜高 | 中 | 中 | 数名チーム |
| 捕獲×販売(1+3次) | 生産〜販売 | 低〜中 | 中 | 低 | 個人〜小グループ |
| 完全6次産業化(1+2+3次) | 全段階 | 高 | 高 | 高 | 法人・組合 |
農水省の支援制度|補助金・認証・モデル地区
ジビエの6次産業化を後押しする国の制度は複数あります。活用することで初期投資の負担を大幅に軽減できます。
鳥獣被害防止総合対策交付金
農林水産省が都道府県・市町村を通じて交付する補助金で、食肉処理加工施設の整備、冷凍冷蔵設備の導入、ジビエ利用の推進に活用できます。補助率は1/2〜2/3程度(市町村・都道府県の上乗せ補助により自己負担がさらに低下する場合あり)。
6次産業化・地産地消法に基づく支援
2011年施行の6次産業化・地産地消法では、農林漁業者の6次産業化計画を認定し、融資優遇・補助金・マーケティング支援などを受けられます。計画認定は都道府県知事が行います。
国産ジビエ認証制度(2018年創設)
農水省が創設した認証制度で、衛生管理基準を満たした食肉処理施設を認証します。認証取得により消費者の信頼性が向上し、スーパーや外食チェーンへの供給が容易になります。2026年時点で全国に認証施設は約50か所以上。
農水省ジビエモデル地区
農水省は2019年以降、ジビエ活用の先進的な取り組みを行う「モデル地区」を全国17か所(2023年度時点)指定しています。モデル地区では農水省職員が現地支援を行い、マーケティング・衛生管理・流通改善を包括的にサポートします。
全国のジビエ6次産業化成功事例
事例1|対馬またぎ(長崎県対馬市)
株式会社対馬またぎは、対馬島内の猟師と連携し、イノシシ肉の捕獲から食肉処理・EC販売までを一貫して行う6次産業化の先駆例です。島全体のイノシシ被害軽減と猟師の収入向上を両立させ、農水省のジビエ利用推進モデルとして紹介されました。学校給食へのジビエ供給も実施しており、地域全体でのジビエ文化浸透を図っています(公式サイト: tsushimamatagi.com)。
事例2|株式会社tracks・日田ジビエ工房(大分県日田市)
2025年3月7日、農水省国産ジビエ認証第39号を取得。ジビエの高付加価値加工(スモーク・ソーセージ・カレー等)を行い、道の駅・飲食店・ECサイトへ供給しています。大分県の「ジビエ県おおいた」ブランド推進とも連携しています。
事例3|NPO法人ゆすはら西・梼原(高知県梼原町)
森林面積91%の梼原町で、2018年に「ゆすはらジビエの里」として活動開始。移動式食肉処理車(ジビエカー)を全国初導入し、山中での処理を可能にしました。シカ・イノシシを中心に年間1,500頭(2016年、2008年比10倍)規模の捕獲・利用体制を構築。農水省のジビエモデル地区に選定されています。
事例4|あしがらジビエ工房(神奈川県足柄上郡)
足柄上郡5町と農協が連携し2023年10月に本格稼働。シカ66頭(2024年度・目標170頭)を処理し、秦野・伊勢原・松田の食肉処理施設ネットワークと連携して神奈川県内の飲食店・直売所に供給しています。都市近郊型のジビエ6次産業化モデルとして注目されています。
事例5|猟師工房ドライブイン(千葉県君津市)
千葉県君津市笹に拠点を置く猟師工房は、ジビエの食肉処理から飲食提供(ドライブインレストラン)まで一貫して行う6次産業化のモデル事例です。千葉・伊豆大島のみに生息するキョン肉(推定個体数17万頭以上・千葉県農林水産部)を活用したメニューを提供し、地域資源の活用と収益化を両立させています。
6次産業化で猟師の年収はどれくらい変わるか
通常、猟師が捕獲報奨金(有害駆除)だけで得る収入は、シカ1頭あたり3,000〜15,000円程度(自治体によって異なる)です。一方、ジビエとして加工・販売した場合、シカ1頭(可食部平均25〜30kg)の販売額は5〜10万円以上になり得ます。
収入モデル試算(シカ50頭捕獲時)
| 取り組み形態 | シカ1頭あたり収入目安 | 年間50頭捕獲時の収入目安 |
|---|---|---|
| 有害駆除報奨金のみ | 5,000〜15,000円 | 25〜75万円 |
| 食肉処理施設への搬入 | 15,000〜30,000円 | 75〜150万円 |
| 加工品化(6次産業化) | 50,000〜100,000円 | 250〜500万円 |
| レストラン直販(完全6次産業化) | 100,000〜200,000円以上 | 500万円以上 |
※あくまで試算値。個体の状態・加工品の種類・販売先によって大きく変動します。
6次産業化により、同じ頭数を捕獲した場合でも収入が数倍〜十数倍になる可能性があります。ただし、加工・販売には追加のコスト(設備・人件費・許可申請費等)が発生するため、損益計算を慎重に行うことが重要です。
ジビエ6次産業化を始めるための手順
STEP1|食品衛生法の許可を確認する
ジビエを販売するには、食品衛生法に基づく営業許可が必要です。主な許可区分:
- 食肉販売業:生の食肉を販売する場合
- 食肉処理業(と畜場ではない施設):野生鳥獣の解体・処理を行う場合
- 食品製造業:ソーセージ・ジャーキー等の加工品を製造する場合
- 飲食店営業:料理として提供する場合
許可申請は各都道府県の保健所に相談します。申請から許可取得まで通常1〜3か月程度かかります。
STEP2|農水省の衛生管理ガイドラインを遵守する
農水省「野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン(2018年策定・2023年改定)」に基づき、捕獲後の適切な処理手順を整備します。特に以下の点が重要です。
- 止め刺し後できる限り早く(目安2時間以内)に内臓摘出・冷却を開始すること
- 食肉処理施設での処理:中心温度75℃1分以上の加熱(販売時の食品表示含む)
- E型肝炎ウイルス(HEV)対策:生食での販売は不可
STEP3|国産ジビエ認証施設と連携する
自前で食肉処理施設を設けない場合、農水省認証を受けた施設と連携することで、品質証明書を商品に添付し販路を広げることができます。
STEP4|補助金・支援制度を調べる
各都道府県には農水省交付金に加え、独自のジビエ支援補助金を設けているところも多くあります。市町村の農林課や地域おこし協力隊制度(猟師・ジビエ担当)も活用できます。
STEP5|販路を開拓する
初期の販路として有効なのは以下の経路です。
1. 道の駅・農産物直売所:地域消費者向け、手数料が比較的低め
2. 地元飲食店への直接営業:単価が高く、継続取引につながりやすい
3. ECサイト(自社・BASE等):全国に販路を広げられる
4. ふるさと納税返礼品:自治体との連携が条件。安定した注文が見込める
5. 農産物マルシェ・イベント出店:ブランド認知向上に有効
ジビエ6次産業化のリスクと課題
衛生管理リスク
ジビエはE型肝炎ウイルス(HEV)や旋毛虫(クマ肉)などのリスクがあり、加熱不十分な製品を提供した場合は食品衛生法違反・損害賠償のリスクが生じます。全製品に「中心温度75℃以上・1分以上の加熱をお願いします」等の表示を徹底し、農水省ガイドラインを遵守してください。
季節変動リスク
狩猟期間(一般に11月15日〜2月15日)に集中して捕獲されるため、原料(と体)の仕入れが冬季に偏ります。通年での事業継続には低温冷凍保管設備が不可欠です。
個体差リスク
野生鳥獣は個体・季節によって脂ののり・肉質・臭いに大きな差があります。品質を一定に保つためのスキル(止め刺し直後の血抜き・迅速な冷却・熟成管理)の習得と品質管理体制の構築が必要です。
規制・許可の複雑さ
食品衛生法の許可取得、鳥獣保護管理法の捕獲許可、食肉販売の表示規制など、複数の法規制が絡み合います。都道府県の農林水産部局・保健所への相談を早期に行うことが重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 個人猟師でも6次産業化はできますか?
A1. はい、可能です。最も取り組みやすいのは「捕獲×販売(1+3次)」モデルで、国産ジビエ認証施設に処理を委託しながら直販・EC販売を行う形態です。ただし、食肉の販売には食品衛生法の許可が必要です。まずは地元の保健所に相談してください。
Q2. 必要な許可・資格は何ですか?
A2. 狩猟免許(わな猟・第一種銃猟)の取得は前提です。食肉販売には食品衛生法上の食肉販売業許可、加工品製造には食品製造業許可が必要です。食肉処理施設を設ける場合は、都道府県知事の許可(食品衛生法第52条等)が必要です。
Q3. 農水省の補助金はどこに申請しますか?
A3. 鳥獣被害防止総合対策交付金は市町村を通じて申請します。まず市町村の農林担当部署に相談し、都道府県の農林水産部局に申請書類を提出します。年度ごとに公募があるため、早めの情報収集が重要です。
Q4. 国産ジビエ認証を取得するとどんなメリットがありますか?
A4. 農水省認証ロゴの使用権、消費者・飲食店からの信頼度向上、スーパーや大手外食チェーンへの納入要件クリア、補助金の優先採択等のメリットがあります。2026年時点で約50以上の施設が認証を取得しています。
Q5. ジビエの生食販売はできますか?
A5. できません。農水省「野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン」では、野生鳥獣肉は生食用としての販売・提供を禁止しています。必ず中心温度75℃以上1分以上の加熱が必要です。これは食品衛生法上の義務でもあります。
Q6. ふるさと納税の返礼品にジビエを登録できますか?
A6. 自治体との連携が条件です。地元市町村に提案し、ふるさと納税制度への参加を承認される必要があります。一般的に国産ジビエ認証取得施設が処理した商品が求められます。成功すれば安定した需要が見込めるため、積極的に検討する価値があります。
Q7. 6次産業化と地域おこし協力隊は組み合わせられますか?
A7. 組み合わせることができます。総務省の地域おこし協力隊制度では、ジビエ・農山漁村担当として採用する自治体が増えています。協力隊期間中(最長3年)に6次産業化の基盤を構築し、任期終了後に独立するキャリアパスを取る方も増えています。
まとめ|ジビエは「捕る産業」から「創る産業」へ
ジビエの6次産業化は、日本の野生鳥獣問題を解決しながら猟師の収入を大幅に向上させる可能性を持ちます。農水省のジビエ販売額が7年で1.8倍(54億円・令和5年度)に成長した背景には、先進的な猟師・事業者が捕獲だけでなく加工・販売まで手がけ付加価値を創出してきた歴史があります。
6次産業化の成功には、衛生管理ガイドラインの遵守、食品衛生法許可の取得、そして農水省や市町村の補助金制度の活用が鍵となります。一人の猟師では難しい部分も、地元の食肉処理施設・飲食店・行政との連携によってカバーできます。
まずは「捕獲した獲物を食べる人に届ける」という小さな一歩から始めてみてください。ジビエを通じた地域の食文化創造は、猟師というキャリアに新しい可能性をもたらしてくれるはずです。
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