最終更新: 2026-04-26
環境省の統計によると、日本の狩猟免許所持者数はピーク時の約45万人(1979年度)から約15万人(2020年代)へと大幅に減少しています。しかしその一方で、ジビエの販売金額は令和5年度に約54億円に達し、わな猟免許の新規取得者数は増加傾向にあります。「狩猟は衰退した文化」というイメージを持つ方も多いかもしれませんが、実は日本の狩猟は1万年以上の歴史を持ち、時代ごとに姿を変えながら現代まで続いてきた営みです。
「日本の狩猟はいつから始まったのか」「時代ごとにどう変わってきたのか」「なぜ今、狩猟が再び注目されているのか」。こうした疑問を持つ方に向けて、この記事では日本の狩猟の歴史を縄文時代から令和まで網羅的に解説します。まず先史時代の狩猟から始め、仏教伝来や鉄砲伝来といった転換点を押さえ、近代の法制化、そして現代の狩猟が果たす社会的役割までを順にたどります。
日本の狩猟の歴史とは?1万年を超える営みの全体像
日本列島における狩猟の歴史は、旧石器時代(約3万年前)にまで遡ります。人類が日本列島に渡来した時点から、動物を捕獲して食料とする営みが始まりました。その後、時代の移り変わりとともに狩猟は「生存手段」から「権力の象徴」へ、さらに「農業の補助」へと役割を変え、現代では「野生鳥獣の管理」という新たな意義を担っています。
| 時代 | 期間(目安) | 狩猟の位置づけ | 主な狩猟対象 |
|---|---|---|---|
| 旧石器時代 | 約3万年前〜紀元前1万4千年 | 生存の基盤 | ナウマンゾウ、オオツノジカ |
| 縄文時代 | 紀元前1万4千年〜紀元前3世紀 | 生業の中心(採集・漁労と並行) | シカ、イノシシ |
| 弥生〜古墳時代 | 紀元前3世紀〜6世紀 | 農耕補助・害獣駆除 | シカ、イノシシ |
| 奈良〜平安時代 | 710年〜1185年 | 宗教的制約下での継続 | シカ、イノシシ、鳥類 |
| 鎌倉〜室町時代 | 1185年〜1573年 | 武士の鍛錬・儀礼 | シカ、イノシシ、クマ |
| 戦国〜江戸時代 | 1573年〜1868年 | 鉄砲猟の普及・農村での害獣駆除 | シカ、イノシシ、クマ |
| 明治〜昭和前期 | 1868年〜1945年 | 法制化・近代狩猟の確立 | 多種多様な鳥獣 |
| 戦後〜令和 | 1945年〜現在 | 鳥獣保護管理・ジビエ文化 | シカ、イノシシ中心 |
このように、日本の狩猟の歴史は単なる「動物を捕る行為」の記録ではなく、社会構造や宗教、法制度、食文化と深く結びついた文化史です。
【先史時代】縄文時代の狩猟:日本人の原点
旧石器時代の大型獣狩猟
約3万年前、日本列島がまだ大陸と陸続きだった時代、人々はナウマンゾウやオオツノジカといった大型哺乳類を狩猟していました。打製石器を用いた集団猟が行われていたと考えられており、群馬県の岩宿遺跡などからはその痕跡が発見されています。
縄文時代:弓矢と落とし穴の発明
紀元前1万4千年頃に始まる縄文時代は、日本の狩猟文化が大きく花開いた時代です。この時代の人々は、シカとイノシシを主要な獲物とし、弓矢や落とし穴(陥穴)を巧みに使い分けていました。
兵庫県立考古博物館の調査によると、縄文時代の狩猟では以下のような道具が使われていたことがわかっています。
| 狩猟道具 | 用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| 弓矢 | 中〜遠距離の射撃 | 石鏃(せきぞく)を矢先に装着 |
| 落とし穴(陥穴) | 待ち伏せ猟 | 獣道に複数設置 |
| 石槍 | 近距離の突き刺し | 大型獣に使用 |
| 石錘付き投網 | 小動物の捕獲 | 鳥類にも使用 |
注目すべきは、縄文人が単に動物を狩るだけでなく、毛皮・骨・角まで余すところなく利用していた点です。『万葉集』には、シカの毛皮から内臓までを無駄なく活用する内容の歌が詠まれており、日本人の「もったいない」精神の原点ともいえる資源利用の姿勢がすでに存在していました。
また、近年の研究では、縄文人は狩猟・採集だけでなく、豆類などの栽培も行っていたことが明らかになっています。狩猟と植物栽培を組み合わせた、柔軟で持続可能な生活様式がすでに1万年以上前に確立されていたのです。
【古代〜中世】仏教と武士が変えた狩猟のかたち
弥生時代:農耕社会への移行と狩猟の「副業化」
紀元前3世紀頃、大陸から稲作技術が伝わると、日本社会は大きく変容しました。安定した食料供給が可能になったことで、狩猟は生存の基盤から「農業を補助する活動」へと位置づけが変わりました。
ただし、狩猟が消滅したわけではありません。農作物を荒らすシカやイノシシの駆除は依然として重要な役割であり、弓矢や矢が刺さったシカが描かれた土器や埴輪が各地で出土しています。農耕社会においても、狩猟は生活の一部として続いていたのです。
古代:鷹狩と権力のシンボル
古代日本では、狩猟が権力者の特権的な娯楽としての側面を持ち始めます。『日本書紀』には、仁徳天皇の時代(355年頃)に鷹狩が行われ、タカを調教する専門職(鷹飼部)が設けられたという記録があります。
鷹狩は貴族や天皇の遊興として発展し、後に武家社会でも重要な儀礼として継承されました。狩猟が「食べるため」から「社会的地位を示すため」の行為へと意味を広げた転換点といえます。
奈良〜平安時代:仏教による「殺生禁断」の影響
710年に始まる奈良時代以降、仏教の広まりとともに殺生・肉食を忌避する風潮が強まりました。天武天皇が675年に発した「肉食禁止令」は、日本の食文化に大きな影響を与えたとされています。ただし、この禁止令で対象となったのは牛・馬・犬・猿・鶏の5種であり、当時最も食べられていたシカやイノシシは禁止対象に含まれていませんでした。また、禁止期間も農耕期(4月〜9月)に限定されており、全面的な肉食禁止ではなかったのです。
しかし、実態はやや異なります。『延喜式』(927年成立)には、地方から鹿皮や猪脂などの狩猟産物が貢ぎ物として都に送られていた記録が残っています。宮廷や貴族社会では殺生が忌まれる一方、庶民の間では狩猟が生活の一部として継続されていたのが実情でした。
この「建前としての殺生禁止と、実態としての狩猟の継続」という二重構造は、日本の狩猟史を理解するうえで重要なポイントです。
鎌倉〜室町時代:武士と狩猟
鎌倉時代に入ると、武士が社会の中心となり、狩猟は武芸の鍛錬として再び公に認められるようになります。源頼朝が催した「富士の巻狩り」(1193年)は日本史上もっとも有名な狩猟イベントのひとつであり、武士にとって狩猟が軍事訓練としての意味を持っていたことを物語っています。
この時代には、東北地方を中心に「マタギ」と呼ばれる職業的狩猟者集団も形成されました。マタギは集団で巻き狩りを行い、シカリ(リーダー)の指揮のもと、セコ(勢子)が獲物を追い立て、マツバ(射手)が仕留めるという組織的な猟法を確立しました。山の神への信仰や独自の「マタギ言葉」など、精神文化と一体となった狩猟のあり方は、世界的にも類を見ない独自の文化遺産です。マタギの文化について詳しく知りたい方は、マタギの文化と歴史を徹底解説した記事もあわせてご覧ください。
【近世〜近代】鉄砲伝来と法制化:狩猟の大転換期
戦国時代:鉄砲が変えた狩猟
1543年、種子島にポルトガル人が鉄砲を伝えたことは、戦術だけでなく狩猟にも革命的な変化をもたらしました。それまで弓矢や罠に頼っていた猟が、火縄銃の導入によって飛躍的に効率化されたのです。
江戸時代:農村の「農具」としての鉄砲
江戸時代には、農村において相当数の鉄砲が「農具」として管理・使用されていました。農作物を守るための害獣駆除が主な目的であり、各藩はシカやイノシシの被害を防ぐため、農民にも一定条件のもとで鉄砲の所持を認めていました。
一方で、江戸幕府は「生類憐れみの令」(1685年〜)に代表されるように、動物保護の政策も実施しています。特に五代将軍徳川綱吉の治世では、犬だけでなく広く鳥獣の殺生が制限されました。この法令は綱吉の死後に緩和されましたが、動物に対する倫理観を社会に根づかせた側面もあったと評価されています。
| 時代 | 狩猟に関する主な出来事 | 影響 |
|---|---|---|
| 1543年 | 鉄砲伝来(種子島) | 狩猟方法の革新 |
| 1685年〜 | 生類憐れみの令 | 鳥獣の殺生制限 |
| 1872年 | 鉄砲取締規則 | 銃器管理の近代化 |
| 1873年 | 鳥獣猟規則 | 狩猟の法制化開始 |
| 1895年 | 狩猟法制定 | 近代狩猟制度の確立 |
| 1918年 | 狩猟法改正 | 狩猟免許制度の導入 |
明治時代:狩猟の法制化
明治維新後、日本は急速な近代化を進める中で、狩猟についても法整備を行いました。1872年に「鉄砲取締規則」、1873年に「鳥獣猟規則」が公布され、1895年には初の「狩猟法」が制定されました。
特に重要なのは1918年(大正7年)の狩猟法改正です。この改正により、狩猟鳥獣の指定制度や狩猟免許制度が導入され、現代の狩猟制度の原型が形作られました。それまで慣習的に行われてきた狩猟が、法律によって体系的に管理される時代が始まったのです。
狩猟免許の取り方について詳しく知りたい方は、免許取得の手順をまとめた記事も参考にしてみてください。
【戦後〜令和】現代の狩猟:保護から管理へ、そして新たな価値
戦後の鳥獣保護と狩猟者の減少
第二次世界大戦中には、毛皮の軍事需要や食糧不足から野生鳥獣が大量に捕獲されました。戦後はその反動もあり、1963年に「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(鳥獣保護法)」が制定され、野生鳥獣の保護に重点が置かれるようになりました。
その後、2002年に「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」、2014年には「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」へと改正が重ねられています。注目すべきは、2014年の法改正で「管理」という言葉が加わった点です。これは、増えすぎたシカやイノシシによる農林業被害が深刻化し、単なる「保護」から「適切な管理」へと政策の軸が転換したことを意味しています。
狩猟者数の推移と現状
日本の狩猟免許所持者数は、1979年度の約45万件をピークに減少が続いています。2020年代には約15万人(実数ベース、免許の重複所持を除く)まで減少しました。
| 年代 | 狩猟免許所持者数(概数) | 特徴 |
|---|---|---|
| 1970年代後半 | 約45万件 | ピーク期 |
| 1990年代 | 約30万件 | 減少傾向が顕著に |
| 2010年代 | 約20万件 | 高齢化が深刻化 |
| 2020年代 | 約15万人(実数) | わな猟免許が増加傾向 |
ただし、内訳を見ると興味深い変化が起きています。銃猟免許の所持者数は年々減少している一方で、わな猟免許の所持者数は近年大きく増加し、現在では銃猟免許を上回るまでになりました。体力的な負担が比較的少なく、銃砲所持許可という高いハードルがないわな猟への参入が増えていることが背景にあります。
わな猟免許の難易度と取得方法については、別記事で詳しくまとめています。
ジビエ文化の再興と狩猟の経済的価値
現代の狩猟を語るうえで欠かせないのが、ジビエ(野生鳥獣の食肉)の再評価です。農林水産省の野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)によると、ジビエ食肉処理施設で処理された鳥獣の販売金額は合計約54億円に達しています(e-Stat 統計表ID: 0002119974)。食肉の販売金額だけで約44億円、ペットフード向けが約9億円、鹿角製品が約9,000万円と、多角的な活用が進んでいます。
さらに、ジビエの販売先を見ると、外食産業が27.7%、卸売業者が31.4%、消費者への直接販売が13.1%(うちインターネット販売が7.7%)となっており、流通チャネルの多様化が進んでいることがわかります(e-Stat 統計表ID: 0002119996、令和5年度調査)。
このデータが示すのは、狩猟が「趣味」や「伝統」にとどまらず、地域経済を支える産業としての可能性を持っているということです。詳しい業界データについては、狩猟・ジビエ業界の統計まとめページで定期更新しています。
狩猟の歴史から見える「猟師」という生き方の価値
ここまで日本の狩猟の歴史を時代順にたどってきましたが、この歴史から現代に生きる私たちが学べることは何でしょうか。ここでは、競合サイトではあまり触れられていない「キャリアとしての狩猟」の視点で歴史を読み解きます。
縄文時代の狩猟者は、動物の習性を読み、地形を活かし、道具を自作する「総合的なスキルの持ち主」でした。マタギのシカリ(リーダー)は、天候・地形・獲物の動きを瞬時に判断し、チームを率いる「現場のマネージャー」です。そして現代の猟師は、野生動物の管理者であると同時に、ジビエの生産者、地域コミュニティの担い手、さらには自然環境の専門家でもあります。
実際に猟師として活動している方に話を聞くと、「猟師の仕事は単に動物を獲ることではなく、山全体を管理すること」という声がよく挙がります。山の植生の変化を観察し、獣道を読み、被害状況を自治体に報告する。こうした活動は、現代の環境保全や地域づくりに直結する高度な専門性を必要とする仕事です。
鳥獣害対策の国家予算は年間約99億円規模で継続投下されており、環境省はシカの個体数半減目標を2028年まで延長しています。つまり、猟師は社会から必要とされる「担い手」であり、その役割は歴史上のどの時代よりも重要性を増しているといえるでしょう。
猟師の年収のリアルや、狩猟を副業にする方法についても、あわせて確認してみてください。
日本の狩猟の歴史に関するよくある質問
Q1: 日本で狩猟が始まったのはいつ頃ですか?
日本列島における狩猟は、旧石器時代(約3万年前)にまで遡ります。当時はナウマンゾウやオオツノジカなどの大型獣が狩猟対象でした。縄文時代(紀元前1万4千年〜)に入ると、弓矢や落とし穴を使ったシカ・イノシシの狩猟が本格化しました。
Q2: 日本で狩猟が禁止された時代はありますか?
完全に禁止されたことはありませんが、奈良時代以降の仏教の影響で殺生が忌避される風潮が生まれました。江戸時代の「生類憐れみの令」(1685年〜)では一時的に厳しい殺生制限が敷かれましたが、綱吉の死後に緩和されています。庶民の間では、害獣駆除を目的とした狩猟は各時代を通じて行われていました。
Q3: マタギとはどのような人たちですか?
マタギは、東北地方を中心に活動する伝統的な職業的狩猟者集団です。その歴史は平安時代にまで遡るとされ、クマを主な獲物として集団での巻き狩りを行います。シカリ(リーダー)のもとで組織的に猟を行い、山の神への信仰や独自の「マタギ言葉」など、独特の精神文化を持っています。
Q4: 現在の日本の狩猟はどのような法律で規制されていますか?
現在の狩猟は「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」(2014年改正)に基づいて規制されています。狩猟を行うには狩猟免許の取得と狩猟者登録が必要です。[狩猟者登録の手続き](https://kariudo.jp/hunting/hunter-registration-procedure/)については別記事で解説しています。
Q5: なぜ今、狩猟が注目されているのですか?
シカやイノシシによる農林業被害が令和5年度で約164億円、令和6年度には約188億円に達しており(農林水産省調査)、その対策として狩猟の担い手が求められています。また、ジビエの食肉販売金額が約44億円(令和5年度、農林水産省調査)に成長するなど、経済的な価値も高まっています。さらに、地方移住ブームや自給自足的なライフスタイルへの関心の高まりも、狩猟への注目を後押ししています。
Q6: 日本の狩猟法はどのように変遷してきましたか?
1873年の「鳥獣猟規則」から始まり、1895年の「狩猟法」制定、1918年の狩猟免許制度導入、1963年の「鳥獣保護法」制定、2002年の改正、2014年の「鳥獣保護管理法」へと、約150年かけて現在の制度が形作られました。特に2014年の改正で「管理」の概念が加わったことが、現代の狩猟政策の大きな転換点です。
Q7: 縄文時代の狩猟と現代の狩猟の共通点は何ですか?
意外なことに、両者には共通点が多くあります。シカとイノシシが主要な狩猟対象である点、罠猟が重要な手段である点、そして獲物を食肉だけでなく皮革や骨角まで多角的に活用する点は、1万年を超えて共通しています。農林水産省の調査では、現代のジビエ処理施設でも食肉以外にペットフード(約9億円)や鹿角製品(約9,000万円)の販売が行われています。
まとめ:日本の狩猟の歴史が教えてくれること
日本の狩猟の歴史を縄文時代から令和まで振り返ると、以下のことがわかります。
- 狩猟は約3万年前の旧石器時代に始まり、縄文時代に弓矢・落とし穴などの技術が発達した
- 弥生時代以降は農耕の補助的役割へ移行したが、害獣駆除として継続された
- 仏教の影響で殺生忌避の風潮が広まったが、庶民レベルでは狩猟が途絶えることはなかった
- 1543年の鉄砲伝来が狩猟方法を一変させ、明治以降の法制化で現代の制度が確立された
- 現代は「保護」から「管理」へと政策が転換し、狩猟者の社会的役割が再評価されている
日本の狩猟は、単なる「動物を捕る行為」ではなく、自然との共生のあり方を問い続けてきた文化です。これから狩猟に関わりたいと考えている方は、まず狩猟の始め方ガイドで全体像を把握し、自分に合った関わり方を探してみることをおすすめします。
参考情報
- 大日本猟友会「狩猟の歴史」(http://j-hunters.com/intro/history.php)
- 環境省「捕獲数及び被害等の状況|野生鳥獣の保護及び管理」(https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs4/)
- 農林水産省 野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)(e-Stat 統計表ID: 0002119974、0002119996)
- 兵庫県立考古博物館「縄文時代の狩猟」(https://www.hyogo-koukohaku.jp/)
- 日本野鳥の会「日本の鳥獣法制の歴史」(https://mobile.wbsj.org/activity/conservation/law/law-summary/choju/choju-history/)
- nippon.com「縄文文化:先史時代の日本列島に形成された狩猟採集民の文化」(https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00766/)

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