「四国カルスト」という言葉を聞いて、ジビエを思い浮かべる人は少ないかもしれない。しかし、標高1,455mの高原地帯を擁し、森林が面積の84%以上を占める高知県には、全国でも有数のジビエ活用の先進地が存在する。それが、梼原町(ゆすはらちょう)だ。
日本で初めて「ジビエカー(移動式食肉処理車)」を導入したのも、全国に先がけてNPO主導のジビエ食肉処理施設を立ち上げたのも、この人口3,400人(2025年)の小さな山の町だ。
高知新聞が「シカ・イノシシ『ジビエ』活用5年で倍に」と報じたように、県内のジビエ活用量は確実に拡大している。一方で仁淀川・四万十川という日本有数の清流が育む豊かな自然環境、そして土佐の猟師文化が生み出す個性的なジビエ料理が点在する高知の食の奥深さを、本記事で徹底解説する。
高知県のジビエ事情|四国カルストが育む深い森と鳥獣課題
高知県は四国の約51%(全国都道府県面積7位)を占め、そのうち森林率は約84%と全国でも有数の森林県だ。この豊かな山岳林がシカ・イノシシの絶好の生息地となっており、農業被害は長年にわたる地域の課題だった。
高知県ウェブサイトが公表する被害データによると、県内の野生鳥獣による農作物被害は平成24年度(2012年度)にピークを迎えた後、捕獲の強化によって減少傾向に転じているものの、依然として高い水準で推移している。農作物への食害(シカによる稲・野菜の食害、イノシシによる根掘り被害)は農業者を離農に追い込む深刻な問題だ。
一方、農林水産省の野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度・e-Stat 統計表ID: 0002119971)が示すように、全国でジビエとして処理されるシカは搬入重量ベースで5,605t(全体の79.3%)を占め、ジビエ産業においてシカが主役であることは明白だ。しかし高知新聞が指摘するように、処理頭数の絶対量は全国平均を下回っており、まだまだ活用余地がある。
なぜ高知県でジビエが広まりにくかったのか
山間部に広がる高知県では、捕獲したシカやイノシシを搬送できる衛生基準を満たした食肉処理施設が長らく不足していた。距離と鮮度の問題——つまり「山の中で捕獲した動物をどうやって品質を落とさずに処理施設まで運ぶか」という根本的な課題が、ジビエ産業の拡大を阻む壁だった。
この壁を突き破ったのが、梼原町の「全国初ジビエカー」という発想の転換だった。
梼原町ゆすはらジビエの里|全国初のジビエカーが切り拓いた未来
梼原町は高知県の四万十川源流域に位置する、人口約3,400人の山あいの小町だ。四国カルスト(標高1,485m、四国山地の石灰岩地帯)を抱える町域は91%が森林で覆われており、シカとイノシシの生息密度が非常に高い。
2016年には年間で約1,500頭のシカとイノシシが捕獲されており、これは2008年比でおよそ10倍という急増ぶりだった(日本経済新聞)。これだけ大量に捕獲されながら、その多くは廃棄されていた。「命をこんな形で終わらせていいのか」という猟師や住民の声が、ジビエ活用への挑戦を後押しした。
ゆすはらジビエの里の誕生
NPO法人ゆすはら西が2018年に整備した「梼原町獣肉解体処理施設 ゆすはらジビエの里」は、衛生管理の行き届いた専門施設として四国カルストのシカとイノシシを処理する。施設では専門の技術者が丁寧に解体・加工を行い、鮮度と品質にこだわった食肉を出荷している。
そして最大の革命的取り組みが、全国で初めて導入した「ジビエカー(移動式食肉処理車)」だ。山奥で捕獲した直後に車上でトリミング(毛皮を剥がし内臓を取り出す)処理を行い、鮮度を落とさずに施設へ運ぶことができる。従来の「捕獲後に施設まで搬送」という流れを根本から変えるイノベーションだった。
処理されたジビエは「ゆすはらジビエの里」として梼原町の道の駅や通販などで販売されており、「猪肉アヒージョ」や「猪肉のホロホロ煮」などの加工品は高知家(高知県公式メディア)でも紹介された人気商品だ。
| 施設名 | 所在地 | 特徴 |
|---|---|---|
| ゆすはらジビエの里 | 高知県高岡郡梼原町(梼原西区) | NPO法人ゆすはら西運営・全国初ジビエカー・四国カルスト産鹿・猪 |
| 道の駅ゆすはら | 高知県高岡郡梼原町太郎川3799-3 | ゆすはらジビエの里の商品を販売 |
梼原町の取り組みは「住民主体のジビエ産業モデル」として全国から視察が相次ぎ、地域課題解決×雇用創出×地方創生という三位一体の成功例として高い評価を受けている。
高知でジビエが食べられるおすすめ店【高知市・佐川・梼原エリア別】
高知市エリア
せんだんの木
ジビエポータルサイト「ジビエト」が「現代の名工が手がける家庭的ジビエ料理が楽しめる」と評する高知市内の一軒。地元食材を活かした料理はランチが特に人気で、高知の旬の野菜と組み合わせたジビエ料理が親しみやすい家庭的な雰囲気で提供される。ジビエをはじめて食べる方にも、玄人にも満足できる間口の広さが魅力だ。
ZOI(ゼーオーアイ)
公式サイト(gibier-zoi.com)に「森のごちそう隠れ家レストラン」と冠するZOIは、かつてギャラリーとして使われていた古民家を改装した空間でジビエ料理を提供する。月替わりのランチメニューとディナーコースメニューが特徴で、季節の山菜・きのこ・有機野菜をシカやイノシシと組み合わせたメニューは約50種類のアラカルトとコース料理で構成される。非日常の空間で自然の恵みを味わいたい旅人に強くおすすめしたい。
佐川エリア
わるさん房
高知県佐川町の山あい「お山のわるさん房」は、地元の猟師が手がけるジビエ専門店だ(公式サイト: warusanbou.com)。自然の中で育った野生の鹿やイノシシを、地元猟師が直接処理・調理する体制が「本物のジビエ」を求める客を集めている。スケジュール制で運営されており、事前に公式サイトで予約・確認が必要だ。
高知の猟師文化に触れ、山の恵みをそのまま受け取る体験をしたいなら、わるさん房は「食から入るジビエの原点」とも言える場所だ。
| エリア | 店舗名 | 特徴 | 予約 |
|---|---|---|---|
| 高知市内 | せんだんの木 | 現代の名工・家庭的ジビエランチ | 要確認 |
| 高知市内 | ZOI(ゼーオーアイ) | 古民家ギャラリー改装・月替わりコース・約50種 | 要予約 |
| 佐川町 | わるさん房 | 猟師直営・スケジュール制・本物のジビエ | 要予約 |
| 梼原町 | 道の駅ゆすはら | ゆすはらジビエ加工品販売・持ち帰り用 | 不要 |
高知ジビエの特徴と調理法|四国カルストの野生が生む風味
高知産シカ肉の特徴
四国カルストの石灰岩地帯に育つシカは、山野草・ドングリ・広葉樹の芽吹きなど多様な植生を食べて育つ。これが肉質に微妙な甘みと複雑な風味をもたらすと言われる。梼原の高地(標高700〜1,400m)で育ったシカは運動量が多く、筋肉が引き締まった赤身が特徴だ。
低脂肪・高たんぱくのシカ肉は鉄分が牛肉の約2倍とも言われ(食材の栄養素は調理法や個体差によって異なる)、健康志向の食材としても注目されている。ジビエ全般の衛生管理と安全な食べ方については「ジビエの衛生管理ガイドライン完全解説」をあわせてご覧ください。
高知産イノシシ肉の特徴
四国の森で育ったイノシシは、山芋・根菜・どんぐりを豊富に食べた個体が多く、脂の甘みと旨みが際立つ。高知では「ぼたん鍋」よりも地元流の「猪汁(しし汁)」や「猪のルーロー飯」など、郷土料理とのフュージョンを楽しめる店も増えている。
高知ジビエと地元野菜のマリアージュ
高知県は野菜王国としても知られる。なすやピーマン、しょうが、みょうがなど、高知産の新鮮な野菜はジビエ料理との相性が抜群だ。ZOIや地元の飲食店では、仁淀川・四万十川流域の有機野菜とジビエを組み合わせた「土佐流ジビエ料理」が提案されており、高知でしか味わえない独自スタイルが生まれている。
| 素材 | 特徴 | おすすめの調理法 |
|---|---|---|
| 四国カルスト産シカ | 引き締まった赤身・低脂肪・鉄分豊富 | ロースト・しゃぶしゃぶ・タリアータ・ラグー |
| 高知産イノシシ | 脂に甘み・旨み豊か・脂の色が白い | 猪汁・煮込み・炭火焼き・ソーセージ |
| 四万十川流域の鴨 | 淡白で上品・脂に甘み | 鴨鍋・ロースト・鴨南蛮 |
ジビエの種類と特徴について詳しく知りたい方は「ジビエの種類|鹿・猪・熊・鴨の特徴と調理法を比較」も参考にどうぞ。
高知ジビエを楽しむ旅|仁淀川・四万十川・四国カルストを巡る食の冒険
高知でジビエを体験するなら、「清流と山」を組み合わせた旅のルートが最も充実した体験をもたらす。
モデルコース(1泊2日)
1日目(高知市内・近郊)
午前:高知城(国宝・南海の名城)・ひろめ市場散策
昼:せんだんの木でジビエランチ(要確認・地元産野菜との組み合わせ料理)
午後:仁淀川流域のドライブ(日本有数の清流・「仁淀ブルー」)
夕〜夜:ZOIのジビエディナーコース(要予約)
2日目(佐川・梼原)
午前:佐川町わるさん房でジビエを体験(スケジュール要確認)
昼:梼原方面へドライブ(四万十川源流域)
道の駅ゆすはらでゆすはらジビエ加工品をお土産に購入
夕方:高知龍馬空港もしくは高知ICより帰路
ジビエ×清流という高知ならではの組み合わせ
四国最大の清流として知られる仁淀川と四万十川は、ジビエを生む山の恵みと表裏一体の関係にある。山を流れ下る水が川を育て、川沿いに農地が広がり、山には野生動物が棲む——この自然の循環を意識しながら高知のジビエを食べると、「命をいただく」という意味の深さがより鮮明に感じられる。
松山方面から四国を一周する旅程であれば、松山のジビエガイド「ジビエ 松山」もあわせて参考にしてほしい。四国4県を俯瞰したジビエ食べ歩きも十分実現可能なルートだ。
高知のジビエ産業の今後|「全国平均を下回る」から「全国モデル」へ
高知新聞が「ジビエ活用5年で倍に、それでも全国平均下回る」と報じたように、高知県のジビエ利用率はまだ伸びしろが大きい。2019年時点での処理頭数は約924頭と、捕獲頭数全体から見ればわずか約2%に過ぎなかった。
しかし梼原の「ゆすはらジビエの里」が全国モデルとして認知され、ジビエ解体処理講習会が岩手・各地で開催されるほど注目を集めた背景には、こうした地道な先進事例の積み重ねがある。
農林水産省の令和5年度統計では、全国のジビエ販売金額の合計は約54億円に達し(e-Stat 統計表ID: 0002119974)、食肉部門が81.5%を占める。高知が今後この市場に本格的に参入するポテンシャルは十分にある。
梼原モデルの他、高知県内各地でジビエ処理施設の整備や移動式処理車の導入が進めば、「全国平均を下回る」という現状から「四国最先端のジビエ産地」への転換も現実的な目標となっている。
よくある質問(FAQ)
Q1. 高知でジビエ料理が食べられるお店はどこですか?
高知市内では「せんだんの木」と「ZOI(ゼーオーアイ)」が代表的です。佐川町には「わるさん房」、梼原町の道の駅ゆすはらではゆすはらジビエ加工品を購入できます。ZOIとわるさん房は事前予約・スケジュール確認が必要なので、訪問前に公式サイトを確認してください。
Q2. 梼原ゆすはらジビエの里とはどのような施設ですか?
NPO法人ゆすはら西が運営するジビエ食肉処理施設で、2018年に竣工しました。四国カルスト産のシカとイノシシを専門の技術者が衛生管理のもと解体・加工しています。全国で初めて「ジビエカー(移動式食肉処理車)」を導入したことで知られており、捕獲現場に近い場所での鮮度処理を実現しています。猪肉アヒージョや猪肉のホロホロ煮などの加工品は通販でも購入できます。
Q3. 高知のジビエはどこで購入できますか?
梼原町の「道の駅ゆすはら」でゆすはらジビエの加工品が購入できます。また、高知県内のアンテナショップや楽天市場などのオンラインショップでも取り扱いがあります。わるさん房(佐川町)も直売・直接問い合わせで購入が可能です。
Q4. 高知産ジビエの旬はいつですか?
シカは10月から2月にかけて、イノシシは11月から2月頃が特に味が良くなる旬の時期です(秋冬ジビエ)。ただし、冷凍技術の向上により高知でも年間を通じてジビエを提供する店が増えており、夏の高知旅行でも楽しめる機会が広がっています。ジビエの旬の詳細は「ジビエの旬はいつ?季節ごとの味わいガイド」をご覧ください。
Q5. 高知のジビエに含まれる寄生虫のリスクは?E型肝炎ウイルスは心配ですか?
野生の鹿やイノシシにはE型肝炎ウイルスや寄生虫(サルコシスティス等)が存在するリスクがあります。衛生管理基準を満たした施設で適切に処理されたジビエであっても、生食は厳禁です。必ず十分に加熱(中心温度75℃以上・1分間以上)してから食べてください。衛生管理について詳しくは「ジビエの衛生管理ガイドラインと安全な食べ方」を参照してください。
Q6. 梼原町へのアクセス方法を教えてください。
梼原町へは、高知市内から国道197号線経由で約1時間〜1時間30分のドライブとなります。公共交通機関では高知駅から高知西南交通のバスが運行しています(所要約2時間、本数が少ないため事前確認推奨)。四国カルストへは梼原町から車で30分程度です。ジビエ体験と合わせて、四国カルストや四万十川源流域への自然探訪もセットにすることをおすすめします。
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まとめ|高知ジビエは「全国モデル」への進化途上
高知県のジビエは、全国に先がけてジビエカーを導入した梼原ゆすはらジビエの里を筆頭に、地域の智恵と住民の熱意によって培われてきた。高知市内のZOI・せんだんの木、佐川のわるさん房——それぞれが異なるスタイルで高知の野生の恵みを料理に昇華している。
四万十川・仁淀川が育む清流の自然と、四国カルストの山々が育む野生動物。この大地の恵みが食卓に並ぶまでの過程に、猟師と施設スタッフと料理人の技が重なっている。
高知を訪れたなら、ぜひ「土佐のジビエはまっこと旨い」という地元の誇りを、一皿の料理で実感してほしい。
ジビエとはどういう食文化かをあらためて知りたい方は「ジビエとは?種類・特徴・フランス語の意味まで徹底解説」をあわせてご覧ください。
参考情報
- 農林水産省 野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)e-Stat 統計表ID: 0002119971(搬入重量)・0002119974(販売金額)
- 高知新聞「シカ・イノシシ『ジビエ』活用5年で倍に 高知県内 それでも全国平均下回る」
- 日本経済新聞「高知・梼原町『ジビエグルメの町』発信 全国初、専用車で解体」(2017年8月)
- 梼原町獣肉解体処理施設「ゆすはらジビエの里」公式サイト https://yusuharagibier.jp/
- ジビエポータルサイト「ジビエト」高知県ページ https://gibierto.jp/article/shops/?pref=kochi
- 高知県公式「高知の野生鳥獣による被害額等」https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2018122100025/
- 高知家(高知県公式まとめサイト)「猪肉アヒージョ&猪肉のホロホロ煮 ゆすはらジビエの里」


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