農業産出額が8年連続で全国3位(2024年:5,494億円)を誇る茨城県が、いま「もうひとつの食の顔」を持ち始めている。農地を荒らすイノシシとシカを、地域の食材として活かすジビエ産業だ。
茨城県の農業被害(令和6年度)は約3億7,800万円に上り、そのうちイノシシによる被害が約1億1,300万円(全体の29.8%)を占める。筑波山周辺から県北山間部にかけてイノシシの生息域は拡大を続けており、農業者にとって深刻な脅威となっている。しかし同時に、この「農業の敵」を「食卓の主役」へと転換しようとする動きが県内各地で生まれている。
石岡市・八郷(やさと)地区では、地域の猟友会が駆除したイノシシを活用した「しし鍋」が冬の名物として18年以上の歴史を積み重ねてきた。高萩市には茨城県唯一のジビエ専門加工販売事業者も誕生している。農業王国・茨城でジビエはどう育まれているのか。本記事ではエリア別の名店情報から産業の最前線まで、現場目線で徹底解説する。
茨城県のジビエ事情|農業王国を脅かす獣害と食材への転換
茨城県は北海道・鹿児島に次ぐ農業産出額全国3位(農林水産省 令和6年農業産出額)の農業王国だ。米・野菜・畜産が揃う生産基盤を持ちながら、近年は野生鳥獣による農作物被害が課題として浮上している。
茨城県の鳥獣被害の実態
茨城県の野生鳥獣による農作物被害は年々拡大しており、令和6年度の被害総額は約3億7,800万円に上る。鳥類(カモ・バン類)と獣類の双方が問題となっているが、農地直接への打撃という点ではイノシシが筆頭格だ。
| 鳥獣の種別 | 被害金額(令和6年度推計) | 被害全体に占める割合 |
|---|---|---|
| カモ | 約1億2,800万円 | 33.8% |
| イノシシ | 約1億1,300万円 | 29.8% |
| バン類 | 約5,200万円 | 13.7% |
| その他 | 約8,500万円 | 22.7% |
イノシシは県北の中山間地域を中心に生息し、近年は筑波山周辺の県南部にまで生息域を広げている。農作物(特にサツマイモや水稲、ハクサイ)への食害・踏み荒らし被害が年々深刻化している状況だ。
農林水産省の野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)によると、全国のジビエ食肉処理施設への搬入重量はシカが5,605t(全体の79.3%)、イノシシが1,467t(20.7%)となっている(出典: e-Stat 統計表ID: 0002119971)。全国的な流れとしてはシカが中心だが、関東の内陸部に位置する茨城ではイノシシが主力のジビエ素材となっている点が特徴的だ。
命を無駄にしない——ジビエ活用という新産業
かつては駆除したイノシシをそのまま山中に埋設処理するケースも多かった茨城だが、いまは「捨てていた命を資源へ」という意識が広がりつつある。全国のジビエ販売金額は令和5年度に約54億円(農水省 e-Stat 統計表ID: 0002119974)に達しており、茨城県でもこの市場成長に乗る動きが加速している。
有害駆除されたイノシシを適切な食肉処理施設で衛生管理し、飲食店や通販ルートに乗せることができれば、捕獲従事者(猟師)への還元も生まれ、担い手確保にもつながる。獣害対策×ジビエ産業という両面での取り組みが、茨城のジビエシーンを下から押し上げている。
石岡市・八郷のしし鍋文化|関東有数のイノシシ生息地が生んだ冬の名物
茨城のジビエを語るうえで外せないのが、石岡市・八郷(やさと)地区の「しし鍋」だ。つくばエクスプレス・常磐線の石岡駅から北西に約15kmほど入った山あいのエリアで、江戸時代から続くイノシシとの共生の歴史が根付いている。
18年以上続くしし鍋文化
石岡市八郷商工会が中心となって作成する「ししなべマップ」は、2024〜2025年版で18年以上の歴史を持つ地域の冬の風物詩だ。毎シーズン(11月15日〜5月31日)、しし鍋を提供する地域の飲食店が地図とともに紹介される。
「しし鍋」は「牡丹鍋(ぼたんなべ)」とも呼ばれる猪肉の鍋料理だ。皿に盛った薄切り猪肉が牡丹の花のように見えることからこの雅名がついた。みそ仕立てのつゆに猪肉と根菜(ごぼう・大根・ニンジン・こんにゃく)を煮込んだ料理は、野趣あふれる猪肉の旨みと脂身の甘さが特徴で、「体の芯から温まる」と地元でも冬の楽しみとして親しまれてきた。
猪肉にはDHAやEPAなどのオメガ3系脂肪酸が含まれており、豚肉とは異なる野生の栄養プロフィールも魅力のひとつだ。
八郷おすすめしし鍋スポット
田舎の味 ほうろく屋(石岡市八郷)
石岡市八郷エリアで長年しし鍋を提供してきた老舗の一軒。地元の猟師が捕獲したイノシシを仕入れ、みそ仕立ての猪鍋として供する。地元食材にこだわった素朴で味わい深い料理は、遠方からのリピーターも多い。予約必須のため事前確認を推奨。
八郷エリアでしし鍋を食べるには原則として予約が必要だ。シーズン(11〜5月)外の夏場は提供していない場合が多いが、冷凍技術の進歩により通年でジビエを扱う店舗も増えつつある。八郷商工会のウェブサイト(yasato.or.jp)で最新のマップを確認することを推奨する。
茨城のエリア別ジビエスポットガイド
石岡・かすみがうらエリア
石岡市は茨城県内でイノシシ肉の出荷が許可されている数少ないエリアのひとつだ。筑波山系の山地に接し、イノシシの生息密度が高い地域性を活かして地域ジビエが根付いている。しし鍋の文化は11月〜5月のシーズン型だが、通年提供の飲食店も出始めている。
筑波山観光と組み合わせるプランが人気で、筑波山神社の参拝後に石岡でしし鍋を楽しむ「茨城ジビエ巡りルート」が一部旅行者の間で定着しつつある。
つくばエリア
茨城県最大の都市のひとつであるつくば市には、ジビエを扱うレストランが点在している。研究学園都市として外国人研究者も多いつくばでは、フレンチやイタリアンなど洋食スタイルでジビエを提供するレストランが存在する。一休.comレストランなどの予約サイトでもつくば市のジビエ対応店が複数掲載されており、県南部でのジビエ需要を満たす選択肢として注目されている。
県北エリア(高萩・日立・常陸太田)
茨城県北部は、シカとイノシシの生息密度が県内で最も高い地域だ。日立市では「日立かんどく」が、ジビエ・イノシシ・アウトドアをテーマに地域活性化の取り組みを進めており、猟師との連携も図られている。
高萩市には後述する茨城クラフトミート工房が拠点を置いており、県北の山間部で捕獲されたジビエが処理・加工される体制が整いつつある。
| エリア | 特徴 | 主なジビエ素材 | アクセス |
|---|---|---|---|
| 石岡・八郷 | しし鍋18年超の伝統文化 | イノシシ | 石岡駅から車15分 |
| つくば | フレンチ・イタリアン系の洋食ジビエ | シカ・イノシシ | つくばエクスプレス沿線 |
| 県北(高萩・日立) | 生息密度高・加工施設集積 | イノシシ・シカ | 常磐線日立・高萩駅周辺 |
茨城のジビエ産業を支える加工施設
茨城クラフトミート工房(高萩市)
茨城県北部に位置する高萩市に拠点を置く茨城クラフトミート工房は、茨城県唯一のジビエ専門加工販売事業者として知られている。捕獲・加工・流通の一連のプロセスを一手に担い、茨城県産ジビエの普及と産業化に取り組んでいる。
取り扱う品目は猪肉を中心に、天然真がも・ハクビシン・アナグマ・アライグマと多岐にわたる。鳥類以外は通年で販売しており、飲食店やふるさと納税返礼品などを通じた流通ルートを開拓している点が特徴だ。高萩市観光協会にも掲載されており、地域の特産品としての認知が広がっている。
ジビエ専門事業者が県内に存在することは、「食材の安全性・品質の担保」という観点でも大きな意味を持つ。衛生管理に基づいた食肉処理が行われることで、飲食店・消費者双方が安心してジビエを楽しめる環境が整いつつある。
有害鳥獣対策との連携
茨城県では農林水産省のジビエ利活用推進施策と並行して、県独自の有害鳥獣対策も進めている。有害鳥獣駆除の報奨金制度については「有害鳥獣駆除の報奨金はいくら?都道府県別相場と申請方法」も参照してほしい。
捕獲した個体をジビエ食材として活用することが報奨金だけに依存しない猟師の収益化につながり、担い手不足が深刻な農村地帯の課題解決を後押しする構造になってきている。
茨城ジビエの特徴と食べ方ガイド
イノシシ肉(猪肉)の特徴
茨城県産のイノシシ肉は、県北山間部から筑波山系の豊かな山岳環境で育った野生の個体が中心だ。ドングリ・根菜・山野草を食べて育ったイノシシの肉は、脂身に独特の甘みと旨みを持ち、豚肉とは一線を画す濃厚な風味が特徴だ。
秋から冬(10月〜2月)にかけて脂の乗りが最もよくなり、しし鍋(猪鍋)や炭火焼きとの相性が抜群だ。みそ仕立ての猪鍋では、脂の甘みがつゆにとけ出し独特のコクを生む。
シカ肉の特徴
茨城県北部にはシカも生息しており、近年は農業被害を引き起こす問題鳥獣の一角にもなってきた。シカ肉は低脂肪・高たんぱくで鉄分が豊富という点から健康志向の食材として注目される。ジビエ料理のなかでも臭みが少なく食べやすい部類に入り、ジビエ初心者にも取り組みやすい素材だ。
旬と保存方法
ジビエ全般の旬は秋冬(11月〜2月)だが、冷凍技術の進歩により年間を通じて品質の安定した茨城産ジビエが手に入るようになっている。通販でのジビエ取り寄せについては「ジビエ通販おすすめランキング」もあわせて参照してほしい。
家庭で楽しみたい場合は、-18℃以下での冷凍保存が基本だ。解凍は低温(冷蔵庫内)でゆっくりと行い、ドリップ(赤い汁)は品質低下の原因となるため、急速解凍や常温放置は避けることが大切だ。
| 素材 | 旬の時期 | 主な特徴 | おすすめの調理法 |
|---|---|---|---|
| イノシシ(猪) | 秋冬(10〜2月) | 脂の甘み・旨みが強い | しし鍋・炭火焼き・煮込み料理 |
| シカ(鹿) | 秋冬(10〜2月が最盛期) | 低脂肪・高たんぱく・鉄分豊富 | ロースト・ステーキ・鍋・しゃぶしゃぶ |
ジビエの種類や特性についてより詳しく知りたい方は「ジビエの種類と特徴ガイド」もご覧ください。ジビエの旬については「ジビエの旬はいつ?季節ごとの味わいガイド」も参考になる。
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ジビエ×茨城の観光まとめ|食べ歩き旅の計画
茨城でジビエを楽しむ旅を計画するなら、筑波山観光と組み合わせるルートが効率的だ。
モデルコース(日帰り・石岡コース)
午前:筑波山観光
つくばエクスプレス沿線からバスまたはレンタカーで筑波山へ。ケーブルカーで山頂へ登り、男体山・女体山の眺望を楽しむ。
昼〜午後:石岡市・八郷へ移動
車で約30分、石岡市八郷エリアへ。シーズン中(11月〜5月)であれば、ししなべマップで確認した飲食店に予約のうえしし鍋を体験する。夏場(6〜10月)は代わりにジビエを扱うカフェや道の駅を巡るプランも組める。
夕方:道の駅常陸大宮に立ち寄り
県北方面へ足を延ばすなら道の駅を活用。地場産のジビエ加工品(干し肉・ジャーキーなど)を購入できる場合もある。
茨城のジビエを深掘りしたい方には、隣接エリアのジビエ情報として「ジビエ 千葉完全ガイド」と「ジビエ 埼玉完全ガイド」もあわせて参照してほしい。北関東でジビエを楽しむ旅として「ジビエ 群馬ガイド」も役立つ情報が揃っている。
よくある質問(FAQ)
Q1. 茨城でジビエが食べられる店はどこにありますか?
石岡市八郷エリアのしし鍋提供店(11〜5月シーズン)が最も有名です。毎年配布される「ししなべマップ」で提供店が案内されます。つくば市内にもジビエを扱うレストランがあります。夏場は提供店舗が限られるため、各店舗に事前確認することをおすすめします。ジビエポータルサイト「ジビエト(gibierto.jp)」の茨城県ページでも最新店舗情報を確認できます。
Q2. 茨城産のジビエ肉はどこで購入できますか?
茨城クラフトミート工房(高萩市)が茨城県唯一のジビエ専門加工販売事業者で、猪肉をはじめとした茨城産ジビエを販売しています。また、ふるさと納税の返礼品にも掲載されており、茨城産ジビエをオンラインで入手する手段のひとつになっています。道の駅や産直市でも季節によっては取り扱いがあります。
Q3. 茨城のしし鍋はいつ食べられますか?
石岡市八郷のしし鍋文化はシーズン型で、基本的に11月15日〜5月31日の期間に提供されます(狩猟シーズン+在庫が続く限り)。夏場(6〜10月)は多くの店舗で提供終了となりますが、冷凍ジビエを通年扱う飲食店も増えており、シーズン外でもジビエを楽しめる環境が整いつつあります。
Q4. 茨城のイノシシによる農業被害はどのくらいですか?
茨城県の農作物被害総額(令和6年度)は約3億7,800万円で、そのうちイノシシ被害は約1億1,300万円(全体の29.8%)を占めています(出典: 茨城県農林水産部)。被害は県北の中山間地域と筑波山周辺で特に深刻で、県は第2次茨城県総合計画で被害額削減目標を掲げています。ジビエとして活用することで、この損失の一部を価値へ転換する試みが進んでいます。
Q5. 茨城でジビエ体験ができる場所はありますか?
狩猟体験や解体体験などの直接的なジビエ体験プログラムは、農村部の一部農業体験施設や猟師との連携事業で提供されることがあります。ジビエ体験の詳しい情報は「ジビエ体験ガイド|狩猟から解体まで体験できる施設まとめ」をご覧ください。食べる体験という観点では、八郷のしし鍋が最もアクセスしやすいジビエ体験の入り口となっています。
Q6. ジビエは安全に食べられますか?
農林水産省が定めた「野生鳥獣の肉の衛生管理に関するガイドライン」に基づく食肉処理施設でしっかりと処理・衛生管理されたジビエは安全に食べられます。国産ジビエ認証制度(農林水産省)によって認証を受けた施設は、衛生管理基準を満たしていることが第三者機関によって確認されています。生食は絶対に避け、中心部まで十分に加熱(75℃以上で1分以上が目安)することが大切です。
まとめ|農業王国の逆説が生むジビエの可能性
農業産出額全国3位を誇る茨城県は、豊かな農地ゆえに野生鳥獣による被害も深刻な地域だ。しかしその逆境が、石岡・八郷の18年を超えるしし鍋文化と、県唯一のジビエ専門加工業者という茨城独自のジビエシーンを育てた。
農業を守るための駆除と、命を無駄にしないジビエ産業の発展——この二つは対立ではなく、協調関係にある。茨城のジビエはまだ発展途上の段階だが、農業と自然の接点で生まれるその独自性は、関東圏のジビエ愛好家にとって訪れる価値のある食文化として着実に育ちつつある。
ジビエを初めて体験してみたいという方は「ジビエとは?種類・味・食べ方の基本ガイド」から入門知識を得てから、茨城のしし鍋へと足を運んでみてほしい。
参考情報
- 茨城県農林水産部「野生鳥獣による農作物被害対策」(pref.ibaraki.jp/nourinsuisan/nokan/katsei/choju.html)
- 農林水産省「令和4年農業産出額(都道府県)」
- e-Stat 統計表ID: 0002119971「野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)搬入重量」
- e-Stat 統計表ID: 0002119974「野生鳥獣資源利用実態調査(令和5年度)販売金額」
- 石岡市八郷商工会「八郷名物ししなべマップ 2024〜2025年版」(yasato.or.jp/gourmet/)
- 高萩市観光協会「茨城クラフトミート工房」(takahagi-kanko.jp)
- ジビエポータルサイト「ジビエト」茨城県ページ(gibierto.jp)


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