最終更新: 2026-08-27
「電気柵を張っているのに、養蜂箱が壊された」「柿の木が一晩で丸裸になった」――クマによる農業被害は、シカやイノシシに比べて被害額こそ小さいものの、ここ数年で急速に増えている獣害だ。農林水産省「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和5年度)」によると、令和5年度のクマによる農作物被害額は7億円で、前年度比+3.4億円と、主要な獣種の中で最も伸び率が高かった。シカ(70億円)やイノシシ(36億円)に比べれば絶対額は小さいが、増加のペースという点ではクマ対策の重要性が急速に高まっている。
クマはシカ・イノシシ用の電気柵を乗り越えたり壊したりすることがあり、同じ対策をそのまま流用できない場面も多い。この記事では、クマによる農業被害の実態データを整理したうえで、電気柵の強化ポイント、誘引物の除去、使える補助金制度、そして深刻化した場合の捕獲・緊急銃猟の仕組みまで、農家・猟師の両方の視点から実践的に解説する。
クマによる農業被害の実態をデータで把握する
被害額は小さいが伸び率は最大
農林水産省の集計によれば、令和5年度の野生鳥獣による農作物被害は全国合計164億円(前年度比+8.0億円)で、獣種別の内訳は以下の通りだ。
| 獣種 | 被害額(令和5年度) | 前年度比 |
|---|---|---|
| シカ | 70億円 | +4.5億円 |
| イノシシ | 36億円 | ▲0.1億円 |
| クマ | 7億円 | +3.4億円 |
| サル | 約7〜8億円 | おおむね横ばい |
シカ・イノシシが被害額の大半を占める一方、クマは前年度比の増加額がシカに匹敵する水準まで伸びており、急速に農業被害が拡大している獣種であることがわかる。
クマの被害を後押しする「出没の急増」
被害額の増加の背景には、クマの出没そのものが急増している事実がある。環境省の集計によると、2025年度のクマ類の出没件数は全国で5万件を超え、統計が残る中でも過去最多を記録した。前年度の約2.5倍という急増ぶりで、人身被害も238人(うち死者13人)といずれも過去最悪となった。
出没が増えれば、人里近くの農地・養蜂場・果樹園に立ち寄る個体も増える。2026年は複数の県で堅果類(ドングリ)の不作・凶作が報告されており、冬眠前のクマが餌を求めて人里まで下りてくるリスクが例年以上に高いとされる。地域別の出没予測は「クマ出没2026年秋の予測」で詳しく解説している。兵庫県が東部エリアで3年ぶりにツキノワグマ猟を解禁した背景にも、こうした個体数の増加と被害拡大がある。詳細は「兵庫県ツキノワグマ狩猟3年ぶり解禁」を参照してほしい。
クマが狙う農業被害の種類
クマによる農業被害は、シカ・イノシシとは被害の種類が異なる点に注意が必要だ。
| 被害の種類 | 内容 |
|---|---|
| 果樹被害 | 柿・栗・ぶどうなど、収穫前後の果樹が食い荒らされる |
| 養蜂被害 | 蜂の巣箱を壊してハチミツ・幼虫を食べる。箱ごと破壊されることも多い |
| 農作物被害 | トウモロコシなど甘みのある作物、飼料用デントコーンなど |
| 家畜飼料・倉庫被害 | 保管中の飼料・米などを狙って倉庫や小屋に侵入するケースもある |
シカ・イノシシが「畑の作物を広く食い荒らす」のに対し、クマは「特定の誘引物に執着して繰り返し来訪する」傾向が強い。一度餌場として認識すると、同じ場所に何度も出没するようになるため、早期の誘引物除去が被害拡大を防ぐ最大のポイントになる。
クマ対策の基本:シカ・イノシシ対策との違い
クマ対策は、既存のシカ・イノシシ用の防護策をそのまま流用できない場面が多い。クマは体格・腕力・学習能力のいずれもシカ・イノシシを上回るため、対策のグレードを一段引き上げる必要がある。
電気柵:シカ・イノシシ用より強化が必要
一般的な電気柵(シカ・イノシシ用)の費用相場は、100mあたり4万〜9万円程度とされている(詳しくは「電気柵の設置費用はいくら?」を参照)。クマ対策でもこの電気柵を応用できるが、以下の点を強化する必要がある。
- 支柱の強度:クマは柵に体当たりすることがあるため、支柱は地面にしっかり固定できる太さ・強度のものを選ぶ
- 電線の段数と高さ:クマは後ろ足で立ち上がって前足で柵を越えようとするため、地際だけでなく、より高い位置にも電線を追加する
- 電圧の確保:バッテリー切れ・下草による漏電は、シカ・イノシシ用以上に致命的になりやすい。定期的な電圧チェックが欠かせない
- 養蜂場の重点防護:養蜂箱は単独で設置されることが多く、クマに狙われやすい。巣箱の周囲を囲む形で電気柵を設置するのが効果的とされる
柵の基本的な設置手順・高さの考え方は「鹿の食害を防ぐ柵の費用」で解説している内容が土台になる。クマ対策ではこれをベースに、強度と電線段数を引き上げるイメージで考えるとよい。
誘引物の除去:クマ対策で最も重要な取り組み
クマ対策において、柵以上に重要とされるのが「誘引物の除去」だ。収穫されずに放置された柿・栗などの果樹、生ごみ、家畜用の飼料は、いずれもクマを人里に引き寄せる要因になる。
- 収穫予定のない柿・栗の木は伐採するか、実をすべて摘み取る
- 生ごみは密閉容器で管理し、屋外に放置しない
- 家畜用飼料・米などは頑丈な倉庫で保管し、容易に開けられない構造にする
- 廃棄する農作物・残渣を農地や庭先に放置しない
一度でも「この場所に行けば食べ物がある」と学習したクマは、繰り返し同じ場所を訪れるようになる。電気柵や忌避剤に頼る前に、まず誘引物そのものを断つことが、被害を未然に防ぐ最も確実な方法だ。
緩衝帯の設置
農地と山林の境界に藪や茂みが残っていると、クマが身を隠しながら農地に接近しやすくなる。農地周辺の下草・低木を刈り払い、見通しの良い緩衝帯(幅3〜5m程度が目安)を確保することで、クマが警戒して近づきにくくなる効果が期待できる。この考え方はイノシシ対策とも共通しており、「イノシシ被害の農業対策完全ガイド」でも同様の環境整備が解説されている。
補助金・交付金制度の活用
クマ対策にも、シカ・イノシシ対策と同じ国の支援制度が利用できる。
鳥獣被害防止総合対策交付金
農林水産省の「鳥獣被害防止総合対策交付金」は、クマを含む鳥獣被害全般への対策費用を支援する国の制度だ。対象経費には以下のようなものが含まれる。
- ハード対策:侵入防止柵(電気柵等)の設置費用、捕獲用わなの購入費用
- ソフト対策:捕獲活動への支援、鳥獣被害対策実施隊の活動支援、研修・技術指導
この交付金を利用するには、市町村が策定する「被害防止計画」に基づく取り組みへの参加が条件となる。まずは市町村の農政課・鳥獣被害対策担当窓口に相談することが第一歩だ。
自治体独自の補助制度・報奨金
都道府県・市町村ごとに、電気柵の購入補助や捕獲報奨金の上乗せを行っているケースも多い。クマの捕獲報奨金は自治体によって差が大きく、1頭あたり3万〜5万円程度を支払う自治体もある。金額・条件は自治体ごとに異なるため、居住地・農地のある市町村に確認してほしい。
なお、2026年8月には環境省が緊急銃猟等に従事するハンターへの「狩猟税」免除を2027年度税制改正要望に盛り込む方向で検討していることが報じられた。実現すれば、捕獲の担い手となるハンターの負担軽減につながる可能性がある。詳しくは「クマ捕獲でハンター税免除?環境省が検討する担い手確保策の全貌」で解説している。
被害が深刻化した場合の捕獲・駆除の仕組み
防護策だけでは被害を防ぎきれない場合、有害鳥獣捕獲や緊急銃猟といった捕獲対策に進むことになる。
有害鳥獣捕獲と鳥獣被害対策実施隊
市町村から有害鳥獣捕獲の許可を受けることで、猟期に関係なく通年でクマを捕獲できる。市町村が設置する「鳥獣被害対策実施隊」に加入すれば、報酬・公務災害補償などの待遇を受けながら捕獲活動に従事できる。実施隊の仕組みについては「鳥獣被害対策実施隊とは」で詳しく解説している。
緊急銃猟制度:市街地出没時の対応
2025年9月に施行された「緊急銃猟制度」は、クマが市街地に出没し人身被害の危険が切迫している場合に、警察官の立会い等のもとで発砲を可能にする仕組みだ。これにより、従来は対応が難しかった市街地近くでの危険な個体への対応が迅速化された。制度の詳細は「緊急銃猟とは何か」を参照してほしい。
箱わなによる捕獲
農地周辺での捕獲には、箱わなが使われることも多い。ただし、クマ用の箱わなは大型かつ頑丈な構造が必要で、設置・見回りには一定の経験と資格(わな猟免許・有害鳥獣捕獲の許可)が求められる。錯誤捕獲(狙っていない動物がかかること)を防ぐため、設置場所や餌の選び方には専門知識が必要であり、個人で設置するよりも地元猟友会・市町村の鳥獣被害対策担当と連携して進めるのが安全だ。
よくある質問(FAQ)
Q1. クマによる農業被害はどのくらい深刻ですか?
農林水産省の令和5年度調査では、クマによる農作物被害額は全国で7億円です。シカ・イノシシに比べると絶対額は小さいものの、前年度比+3.4億円と主要獣種の中で最も伸び率が高く、急速に拡大している被害です。
Q2. シカ・イノシシ用の電気柵はクマにも効果がありますか?
一定の効果はありますが、クマは体格と力が大きいため、支柱の強度や電線の段数を強化する必要があります。特に養蜂箱など単独で設置されている施設は狙われやすく、重点的な防護が必要です。
Q3. クマ対策で最も効果的なことは何ですか?
電気柵などの防護策と同じくらい重要なのが、誘引物の除去です。収穫されない柿・栗の放置、管理の甘い生ごみ、保管の甘い飼料などはクマを人里に引き寄せます。柵を設置する前に、まず誘引物を断つことが被害予防の基本です。
Q4. 補助金はどこに相談すればいいですか?
市町村の農政課・鳥獣被害対策担当窓口が最初の相談先です。国の「鳥獣被害防止総合対策交付金」は市町村の被害防止計画に基づく取り組みが対象となるため、まず自治体に相談する必要があります。
Q5. クマを自分で捕獲することはできますか?
わな猟免許または銃猟免許を取得し、市町村から有害鳥獣捕獲の許可を受けるか、鳥獣被害対策実施隊に加入することで、猟期に関係なく捕獲が可能になります。無許可での捕獲は鳥獣保護管理法違反となるため、必ず正規の手続きを踏んでください。
まとめ:「防護」「誘引物除去」「捕獲」の3段構え
クマによる農業被害は、シカ・イノシシに比べて被害額は小さいものの、増加のスピードが最も速い獣害だ。対策は、強化した電気柵による「防護」、放置果樹や生ごみなどの「誘引物除去」、そして被害が深刻化した場合の「捕獲」という3段構えで考える必要がある。
特に誘引物の除去は費用をかけずに始められる対策であり、電気柵の設置前にまず取り組むべき基本だ。国・自治体の補助金制度を活用しながら、地域の猟友会・鳥獣被害対策実施隊と連携し、被害を未然に防ぐ体制を整えていってほしい。
参考情報
- 農林水産省「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和5年度)」(2024年12月公表) https://www.maff.go.jp/j/press/nousin/tyozyu/241227.html
- 農林水産省「鳥獣被害防止総合対策交付金」予算情報 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/yosan/yosan.html
- 環境省のクマ類出没・人身被害集計(nippon.com「クマ出没件数、25年度は5万件突破―環境省集計」等の報道をもとに編集部作成)
- 猟人編集部「クマ出没2026年秋の予測」「兵庫県ツキノワグマ狩猟3年ぶり解禁」「クマ捕獲でハンター税免除?環境省が検討する担い手確保策の全貌」(既公開記事、2026年時点の一次情報を引用)
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